ケトン体:
脂質代謝が過剰なときにアセチル CoA から作られる分子

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このページの最終更新日: 2024/12/15

  1. 概要: ケトン体とは
  2. ケトン体の生合成
  3. ケトン体の代謝
  4. ケトアシドーシス

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概要: ケトン体とは

ケトン体 ketone body は、脂肪酸 fatty acid の不完全な酸化によって生じる代謝産物であり、以下の 3 つの分子の総称である (2)。ケトン ketone とは意味が異なるので注意すること。

  • アセト酢酸
  • β-ヒドロキシ酪酸
  • アセトン

「不完全な酸化」とは、たとえば β 酸化 が起こって アセチル CoA が生じても、それが TCA 回路二酸化炭素 まで代謝されないということである。過剰に蓄積したアセチル CoA から合成されるのがケトン体である。

アセト酢酸

アセト酢酸

β-ヒドロキシ酪酸

ベータヒドロキシ酪酸

アセトン

アセトン

ケトン体は、以下のような生化学的特徴をもっている。

  • 糖代謝に対して脂質代謝が過剰なときに、肝臓 でアセチル CoA から合成される。
  • をはじめとする様々な組織で、グルコースのかわりのエネルギー源になる。
  • 心筋および腎皮質 renal cortex は、グルコースよりもアセト酢酸を好む (3)。

ケトン体の生理作用

ケトン体はエネルギーとして利用される物質であるが、以下のような生理作用があることも知られている。

  • BHB は 脂肪細胞で HCA2 (GRP109A) を活性化し、脂肪分解 lipolysis を抑制する (3)。EC50 は 767 ± 57 µM なので、2 - 3 日の絶食後の血中 BHB 濃度で活性化し得る。

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ケトン体の生合成

生化学の格言 のページにあるように、糖質の代謝に対して脂質代謝が過剰な場合、細胞内でアセチル CoA が余るという現象が生じる。ケトン体は、このような状況で主に 肝臓 において合成される。

アセチル CoA からのケトン体の生合成
  1. 2 分子のアセチル CoA から、アセトアセチル CoA (acetoacetyl CoA) が生じる。触媒する酵素は 3-ketothiolase で、この反応は ミトコンドリア で起こる。
  2. さらに 1 分子のアセチル CoA と水が結合し、3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリル CoA (3-hydroxy-3-methylglutaryl CoA, HMG-CoA) が生じる。触媒するのは hydroxymethylglutaryl CoA synthase である。
    • HMG-CoA synthase の発現は、FoxA2 によって制御されている。そのさらに上流にはグルカゴン (FoxA2 を活性化) と インスリン (抑制) がある。
  3. HMG-CoA から 1 分子のアセチル CoA が外れると、アセト酢酸 acetoacetate が生じる (下の図)。Hydroxymethylglutaryl CoA cleavage enzyme が触媒する。
  4. アセト酢酸は、NADH によって還元されると D-ヒドロキシ酪酸 (D-BHB) になる。アセト酢酸と D-BHB の量比は、ミトコンドリア内の NADH/NAD の比によって決まる。触媒するのは D-3-hydroxybutylate dehydrogenase である。
  5. アセト酢酸は β-ketoacid であるため、ゆっくりと自動的にアセトンに脱炭酸される。血中のアセト酢酸濃度が高いヒトからは、呼気中にアセトンの匂いを嗅ぐことが可能である。
ケトン体の代謝

脂肪酸がケトン体合成の主な材料であるが、直接的にはアセチル CoA から合成されるため、ケト原性アミノ酸もケトン体になり得る (4)。


ケトン体合成の意義

アセチル CoA が過剰になる条件とは、上で述べたように、糖代謝に対して脂質代謝が過剰になる状態である。飢餓が長く続くと、一般には体内の糖質 (グリコーゲン) が先に消費され、ついで脂質が消費される。つまり、飢餓状態でアセチル CoA が過剰になる。

このようなときに、真っ先に問題が生じるのは脳である。脳はグルコースを主要な栄養源としている。したがって、飢餓時には 何か別の栄養源が血液を介して脳に届けられなくてはならない

肝臓で合成されるケトン体は、この役割を担っている。

脂質をそのまま輸送すれば良いという気もするが、これらは 血液脳関門 を通れない。DHA などの ω-3 脂肪酸は通れるという話もあるが、栄養源として量的に十分でないのだろう。

アセチル CoA をそのまま輸送すればいいという気もする。しかし実際にはそのようなメカニズムはない。これは、おそらくアセチル CoA が大きい分子であることによるような気がする。CoA と書くと小さい分子のようだが、実際に 補酵素 A のページにあるように、これはかなり大きい分子である。

軟骨魚類では、肝臓からの脂質動員 lipid mobilization がケトン体で行われるという報告もあり (1I)、ケトン体の使われ方は生物によって違っているようである。

ケトン体の代謝

ケトン体は、脳、神経、腎皮質、筋肉および心筋で利用されるが、肝臓は生産するのみで利用はできない (4)。重量当たりの ATP 生産効率で計算すると、BHB はグルコースよりも優れた燃料である。

ケトアシドーシス

アセト酢酸および BHB は であるため、これらが大量に産生されると、血液 の pH が酸性に傾く。これを ケトアシドーシス という (4)。

血液が酸性に傾くケトアシドーシスはもちろん長期的に健康を害するが、急性の意識障害を起こす可能性もある。血中のケトン体濃度が上がるため、浸透圧利尿の機序で脱水と電解質異常を引き起こし、意識障害に至る (4)。これを高浸透圧性非ケトン性昏睡 (hyper osmolar non-ketotic coma, HNK; ref 4) という。

HNK は浸透圧調節の異常による病態なので、血糖値および血中ケトン体濃度が両方とも高い状態、すなわち以下に述べる糖尿病性ケトアシドーシスと連続した病態と考えることができる (4)。


ケトアシドーシスには、原因によっていくつか種類がある。


糖尿病性ケトアシドーシス

健常者では、血液中のグルコース量 (血糖値) とケトン体濃度は原則として相反する (4)。つまり、血糖値が高ければケトン体濃度は低く、血糖値が低いときにケトン体濃度が上がる。

これは、血糖値が低いときに脂肪分解が起こり、かつアセチル CoA を完全に TCA 回路で代謝することができない状態と考えられるので当然である。

ところが 糖尿病 患者では、インスリン抵抗性のために、血糖値が高いものの、組織でグルコースが不足した状態になる。したがって、血糖値とケトン体濃度が両方高い という状態になる。これを糖尿病性ケトアシドーシスという。

多くは 1 型糖尿病の症状の一つであるが、2 型糖尿病でも生じる (4)。糖尿病患者の呼気におけるアセトン濃度は 1.71 ppmv 以上であるが、健常者では 0.76 ppmv 以下であるとした論文がある (5)

過食の結果である糖尿病と、正反対に見える飢餓がどちらも抹消レベルでの糖質不足をもたらし、ケトアシドーシスを引き起こす点は興味深い (参考: アディポネクチン の進化的意義)。


アルコール性ケトアシドーシス

エタノール は、アルコールデヒドロゲナーゼによってアセチル CoA に代謝される。したがって、エタノールを大量に摂取したあとに絶食すると、ケトアシドーシスを誘発し得る。これをアルコール性ケトアシドーシスという (4)。


清涼飲料水ケトーシス

ケトーシスに分類して良いのかよくわからないが、清涼飲料水の過剰摂取によって血糖値が急激に上昇し、脱水、意識障害に至る病態である (4)。


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References

  1. deRoos (1994). Plasma ketone, glucose, lactate, and alanine levels in the vascular supply to and from the brain oh the spiny dogfish shark (Squalus acanthias). J Exp Zool 268, 354-363.
  2. Lauritzen et al. 2015a (Review). Monocarboxylate transporters in temporal lobe epilepsy: roles of lactate and ketogenic diet. Brain Struct Funct 220, 1-12.
  3. Wanders et al. 2012a.Effects of high fat diet on GPR109A and GPR81 gene expression. Biochem Biophys Res Comn 425, 278-283.
  4. 久富 2004a. ケトアシドーシス. 日内会誌 93, 1506-1512.
  5. Deng et al. 2004a. Determination of acetone in human breath by gas chromatography–mass spectrometry and solid-phase microextraction with on-fiber derivatization. J Chromatogr B, 269-275.

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