エタノール: 生合成、分解、構造、飲酒の影響など

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このページの最終更新日: 2024/02/14

  1. 概要: エタノールとは
  2. エタノールの合成
    • アルコール発酵
  3. エタノールの分解
    • 一般的な分解経路
    • ALDH2 の多型 – アジア人が飲酒後に赤くなる理由
  4. エタノール摂取の影響
    • ヒト: 飲酒の影響
    • 線虫
    • ショウジョウバエ
  5. 実験試薬としてのエタノール
    • エタノール沈殿
  6. その他メモ

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概要: エタノールとは

エタノール ethanol は図のような構造をもつ 1 価のアルコールである。エチルアルコールとも呼ばれ、英語での発音は [eθənɔːl] である。主な特徴は、


  • 飲むと酔っ払う。喫煙 と同様に習慣性がある。
  • 酵母などいくつかの生物は、解糖 glycolysis の結果として作られる ピルビン酸 をエタノールに変換することができる (アルコール発酵)。

> エタノールの物理化学的性状は以下の通り (7)。

  • 融点 -114.5°C、沸点 78.3°C、比重 0.7893 (20°C)、粘性率 1.19 x 10-2 g/cm•s、蒸発熱 38.6 kJ/mol、分子量 46.07。
  • 無色透明で、特有の香りと味をもつ液体。麻酔性があり、水とは任意の割合で混ざる。
  • 種々の有機化合物、無機塩を溶かすことができ、種々の気体の溶解度も水に対するものより大きい。
  • 自然界にも遊離体として微量に存在し、ある種の植物の種子や動物組織などに見出される。

エタノールの合成

アルコール発酵

エタノールは、酵母などいくつかの生物で、嫌気的条件下における解糖系の最終産物である。これをアルコール発酵という。以下に概要をまとめる。

嫌気的条件下では、NADH を NAD+ にリサイクルする必要がある。ここは、代謝の多様性がみられる興味深いポイントの一つで、生物によって以下のような違いがある。

  • 哺乳類 では、NADH がピルビン酸に H+ を渡して 乳酸 を作る。
  • 酵母やバクテリアは、以下の 2 段階の反応でエタノールを作ることで、NADH を NAD+ にリサイクルする。この反応を アルコール発酵 ethanol fermentation といい、エタノール生合成の有名な反応である。
  • ほとんどの高等植物も、同じ経路でエタノールを産生することができる。果実などはかなり高濃度のエタノールを含む場合がある。低酸素状態だけでなく、各種のストレスでもエタノールが作られる。ミトコンドリア に負担をかけないための応答と考えられている (9)。

アルコール発酵は、以下の 2 段階から成る。

  1. まず、ピルビン酸が脱炭酸され、アセトアルデヒドが生じる。
  2. これが NADH から H+ を受け取り、エタノールになる。

図はドイツ語のものしか見つからなかったが (6)、構造の変化を見るには十分だろう。脱炭酸のステップが入るところのみが哺乳類との違いである。

エタノールの分解

一般的な分解経路

エタノールは、哺乳類では以下の経路で代謝される (Public domain)。この反応は 主に肝臓 で起こる。



  1. アルコールデヒドロゲナーゼ ADH によってアセトアルデヒドになる。
  2. アルデヒドデヒドロゲナーゼによって酢酸になる。
  3. 酢酸は、アセチル CoA リガーゼによって補酵素 A と結合し、アセチル CoA として TCA 回路に入る。

薬と酒の併用がいけないのは、両者の分解が肝臓で競合するためである。薬の分解が遅くなって副作用が重くなるほか、悪酔いする可能性が上がる。

ALDH2 の多型 – アジア人が飲酒後に赤くなる理由

更新予定。とりあえず多型の図 (Public domain)。


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エタノール摂取の影響

ヒト: 飲酒の影響

多量の飲酒は有害であるが、適量ならば心臓血管系の健康維持に有効であるという報告が多いようである (5I)。

特異的な受容体は同定されていないが、Toll-like receptor 4 (TLR4) (3) や GABAA receptor を活性化することが知られている。

しかし、とくに妊娠中の母親の飲酒は子供に悪い影響を及ぼすことが知られている (参考: 親の状態が子供に及ぼす影響)。論文の多くは association study で、飲酒量については self-reporting であるためデータの信頼性はそれほど高くないが、週に一度程度の飲酒でも悪影響があるとする論文もある (8)。


線虫

高濃度のエタノールは有害であるが、1 - 2 % の低濃度のエタノールで寿命が長くなる効果も報告されている (4)。この現象は、インスリン様経路の変異体ではみられないため、インスリン に依存的であると考えられている。

> 低濃度のエタノールで寿命が延びることを示した論文 (4)。
  • 1 - 2% で寿命を延長、4 - 5% で toxic だった。
  • Egg - young adult のどの時期に expose を開始しても、 寿命延長効果に差はみられなかった。
  • 餌である大腸菌の生育には影響がみられなかったので、エタノールの直接の影響と考えられる。
  • Development, fertility, chemotaxis は少し阻害した。
  • Age-1, sir2.1 mutants では、エタノールによる寿命延長がみられなかった。

> 低濃度のエタノールで、発現が変化する遺伝子を NGS で解析した論文 (5)。
  • エタノールを アセチル CoA に変換する経路の遺伝子の発現が増える。
  • たとえばアルコールデヒドロゲナーゼ sodh-1 が 103 倍に。
  • 脂肪酸合成 系の遺伝子発現も増える。エタノールから 脂肪酸 を合成していると思われる。

> 高濃度のエタノールは有害。生体が動けなくなる EC50 は 1 M である (5I)。
  • 1.8 M で 24-hour lethality が観察され、0.5 - 1.7 M では繁殖抑制などが起こる。

実験試薬としてのエタノール

エタノール沈殿 (エタ沈)

エタノールを溶液に添加して遠心分離をすることで、DNA、RNA、タンパク質などを沈殿させる手法を エタノール沈殿 ethanol precipitation という。生物学の実験で非常に一般的な手法である。

エタノールは よりも極性が低い。そのため、DNA などが水に溶けているとき、溶媒にエタノールを加えると水和水が奪われ、DNA が析出する。つまりコロイドの塩析であり、これがエタノール沈殿の原理。塩を加えるなど、実験として様々な状況に応じて最適化されている。詳細は エタノール沈殿のページ を参照のこと。

その他メモ

酢酸菌 acetic acid bacteria の栄養源として、培養に使われる (1)。酢酸菌とは、エタノールを酸化して酢酸を生産する細菌の総称である。細胞膜にあるアルコール脱水素酵素 ADH、アセトアルデヒド脱水素酵素がエタノール分解に関わる。食酢を醸造する際に用いられる Acetobacter aceti が有名である。

酵母ではエタノールには老化促進効果があり、炭素源をグリセロールにすることで寿命が延びる (2)。

自然界にもエタノールは存在する。例えばフルーツには 0.9 - 124 mM のエタノールが含まれる (5D)。

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References

  1. Yakushi T & Matsushita K 2010a. Alcohol dehydrogenase of acetic acid bacterial: structure, mode of action, and applications in biotechnology. Appl Microbiol Biotechnol 86, 1257-1265.
  2. Wei et al. 2009a. Tor1/Sch9-regulated carbon source substitution is as effective as calorie restriction. PLoS Genetics 5, e1000467.
  3. アルコールによる神経炎症性障害に関連した行動ならびに認知障害に対するTLR4の影響. Pdf file.
  4. Yu et al. 2011a. Beneficial and harmful effects of alcohol exposure on Caenorhabditis elegans worms. Biochem Biophys Res Comn 412, 757-762.
  5. Patananan et al. 2015a. Ethanol-induced differential gene expression and acetyl-CoA metabolism in a logevity model of the nematode Caenorhabditis elegans. Exp Gerontol 61, 20-30.
  6. By Richtom80 at the English language Wikipedia, CC BY-SA 3.0, Link
  7. Amazon link: 岩波 理化学辞典 第5版: 使っているのは 4 版ですが 5 版を紹介しています。
  8. Sood et al. 2001a. Prenatal alcohol exposure and childhood behavior at age 6 to 7 years: I. Dose–response effect. Pediatrics 108, E34.
  9. Tadege et al. 1999a. Ethanolic fermentation: New functions for an old pathway. Trends in Plant Sci 4, 320–325.

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