ワーバーグ効果: 腫瘍細胞でみられる特殊な "嫌気" 代謝

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5-5-2017 updated


  1. 概要: ワーバーグ効果とは
    • 好気代謝は抑制されていない
  2. ワーバーグ効果の意義
  3. バイオマス産生
  4. ワーバーグ効果のメカニズム

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概要: ワーバーグ効果とは

ワーバーグ効果 Warburg effect とは、生理的条件に近い酸素の存在下で、腫瘍細胞の解糖が活性化している現象である (1I)。この「解糖」は単なるグルコース glucose の分解ではなく、最終代謝産物が乳酸になる、いわゆる 嫌気的解糖経路 のことをいう。

すなわち、栄養源であるグルコースは 解糖系 によってピルビン酸に変換され、好気的条件下では アセチル CoA を介してTCA 回路に入る (図、文献 3)。TCA 回路で生み出される NADH は、酸化的リン酸化によって ATP を産生するための原動力となる。これらを代謝は、まとめて好気代謝などとも表現される。



一方、酸素が十分にない嫌気的条件では、ピルビン酸は乳酸デヒドロゲナーゼ LDH の作用により乳酸になる。この経路は、上記の経路に比べて

  • 酸素を必要としない
  • 産生できる ATP の量は少ない [酸化的リン酸化 ~36 ATP/glucose, 嫌気代謝 2 ATP/glucose (1)]
  • 反応が早い

などといった特徴をもっている。

腫瘍細胞では、酸素があるにも関わらずこの経路が活性化している。そのため、この経路は嫌気的解糖に対して 好気的解糖 aerobic glycolysis と呼ばれることもある (2)。

がん細胞が通常の細胞と異なる代謝を行っていることは、Otto Warburg によって 1924 年に報告された (2)。これがワーバーグ効果という名前の由来になっている。


好気代謝が抑制されているわけではない

腫瘍細胞の周辺には十分な血管がないことが多く、腫瘍細胞は低酸素の状態にある。当初はこれが Warburg effect の原因と考えられていた。また、Warburg も当初は腫瘍細胞ではミトコンドリア機能に障害があり、そのために好気的解糖がエネルギー産生の中心になると考えていたようである (2)。

しかし、現在では多くの腫瘍細胞で好気代謝 (ミトコンドリア機能も) は正常に保たれており、その上で 嫌気代謝が活性化していることが示されている (1D,2)。

> 白血病 細胞でも Wargurg 効果がみられる。この細胞は血液中にあり酸素は十分 (2)。
  • 肺がんの細胞も同様。
  • 低酸素は腫瘍細胞が分裂した結果、比較的後期に生じる現象。Warburg effect は初期腫瘍でも見られる。


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ワーバーグ効果の意義

ワーバーグ効果は 1950 年代から知られている現象であるが、実は がん細胞にどんなメリットがあるのかわかっていない (2)。2008 年の論文でも、"How tumor cells establish this altered metabolic phenotype and whether it is essential for tumorigenesis is as yet unknown." とはっきり書かれている (4)。

ATP 産生効率は酸化的リン酸化よりも低いので、これを補うだけのメリットがあることが予想される。


バイオマス産生

好気的解糖は細胞分裂に必要なバイオマスを補うために行われる という説 (2)。
  • 細胞分裂の際には、多量の DNA, 脂質、タンパク質などを合成する必要がある。
  • Palmitate 1 分子の合成には、7 ATP, 16 carbon (8 acetyl-CoA)、28 electrons (14 NADPHs) が必要。
  • Palmitate は細胞膜の主成分である。
  • グルコース 1 分子からは、最大で 36 分子の ATP を得ることができる。
  • Pentose phosphate shunt を介した場合には、30 分子の ATP と 2 分子の NADPH が作られる。
  • つまり、ATP の供給は十分であり、NADPH やアセチル CoA が相対的に足りなくなる
  • したがって palmitate 合成を考えた場合、多くの glucose を TCA 回路に流し込む必要はないわけである。

増殖の早い細胞でみられる Warburg 効果

ワーバーグ効果は、腫瘍細胞だけでみられるわけではない。たとえば、分裂の早い細胞でも嫌気的解糖が活性化していることが 2009 年に報告されている (2)。

ワーバーグ効果のメカニズム

ピルビン酸キナーゼ (PK)

> PKM2 の発現が aerobic glycolysis に必要で、ガン化を促進することを示した論文 (4)。
  • Breast cancer tumour mode, MMTV-NeuNT mice を使った実験。
  • 腫瘍が発達すると、主要な PK が PKM1 から PKM2 にシフトする。
  • PKM2 をノックダウンすると、H1299 cancer cell のグルコース代謝と増殖が抑制される。
  • これを M1 isoform でレスキューすると、aerobic glycolysis でなく酸化的リン酸化が活性化。
  • M2 isoform が aerobic glycolysis に重要 であることがわかる。

この論文では、どのように PKM2 が aerobic glycolysis を促進するのかは明らかにならなかったが、いくつかの仮説が提唱されている (4)。

  • PKM2 は PKM1 よりも活性が低いので、解糖系中間代謝産物の濃度が変化し、それによって律速酵素の一つ phosphofructokinase (PFK) などの活性が変化、結果として乳酸への代謝が促進される。
  • PKM2 はチロシンリン酸化タンパク質と結合する。何らかの機構で、乳酸デヒドロゲナーゼ LDH に優先して基質を受け渡している。

> しかし、3 年後の 2011 年に反証論文が発表されている (5)。
  • 健康な組織でも PKM2 が主要なアイソフォームであることを示している。
  • 腎臓、肝臓、肺、甲状腺では少なくとも 93% が PKM2 である。
  • この論文では mass spectrometry が定量に使われており、文献 4 の western より定量性は高い。
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References

  1. Amoroso et al. 2012a. The P2X7 receptor is a key modulator of aerobic glycolysis. Cell Death Dis 3, e370.
  2. Heiden et al. 2009a. Understanding the Warburg effect: the metabolic requirements of cell proliferation. Science 324, 1029-1033.
  3. "TumorMetabolome" by Kathleen A Vermeersch, Mark P Styczynski - DOI: 10.4103/1477-3163.113622; PMID: 23858297. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Commons.
  4. Christofk et al. 2008a. The M2 splice isoform of pyruvate kinase is important for cancer metabolism and tumor growth. Nature 452, 230-233.
  5. Bluemlein et al. 2011a. No evidence for a shift in pyruvate kinase PKM1 to PKM2 expression during tumorigenesis. Oncotarget, 2, 393-400.

参考図書