糖代謝と脂質代謝の接点 グリセロール: 構造、生合成、代謝など
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このページの最終更新日: 2025/10/04広告
概要: グリセロールとは
グリセロール glycerol は、図の構造式で表される 3 価のアルコールである。 IUPAC 名は 1,2,3-プロパントリオール (1,2,3-propanetriol) である。グリセリン glycerin と呼ばれることもある。
 
主な物理化学的性状は以下の通り (5)。
- 無色で粘稠、甘味のある吸湿性の液体。融点 17.8°C、沸点 154°C (5 Torr)。比重 1.2644 (15°C)。
- 水、アルコールに可溶。エーテル、クロロホルム、二硫化炭素、石油エーテルなどには不溶。
- 天然には油脂、リン脂質などの成分として大量に存在する。
グリセロールには以下のような生化学的特徴がある。
- 糖代謝と脂質代謝の接点の一つ 。グルコース glucose から作られるグリセロールが、脂肪酸 fatty acid とエステル結合すると中性脂質トリアシルグリセロール TAG になる。逆に、TAG が分解されると脂肪酸とグリセロールが生じる。
- タンパク質の凝集を防いだり、タンパク質溶液の凍結を防いだりする作用がある。参考: 分子シャペロンとしての作用
解糖系から酸化的リン酸化へのメタボリック・シフトを引き起こし、寿命を延ばすという報告もある (1)。
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生合成
グリセロールの生合成経路には、以下のものがある。グリセロール-3-リン酸 G-3-P の生合成と極めて密接に関わっており、厳密には区別されていない場合もあるので注意すること。
| グルコースからの合成 | 解糖系 glycolysis の中間体、ジヒドロキシアセトンリン酸 DHAP から、グリセロール-3-リン酸を経て合成される (4I)。 解糖系からのオーバーフローと考えてよく (3)、解糖系の最終産物であるピルビン酸が余っている状態の分岐経路である。 DHAP から G3P への反応を触媒する 酵素 はグリセロールリン酸デヒドロゲナーゼ (GPD, GPDH) である。 なお、トリアシルグリセロール合成では glycerol-3-phosphate acyltransferase および 1-acylglycerol- 3-phosphate acyltransferase に触媒される 2 つの反応によって G3P に 2 つのアシル CoA が結合し、phosphatidate (1,2-diacylglycerol phosphate) を生じる。phosphatidate は、さらに phosphohydrolase (phosphatidate phosphatase とも呼ばれる) によって 1,2-diacylglycerol になり、さらに diacylglycerol acyltransferase (DGAT) によりトリアシルグリセロールになる。つまり G3P が直接使われ、グリセロールは生じない。 | 
| Glyceroneogenesis | グルコースおよびグリセロール以外の物質から G3P を合成し、グリセロールを作る経路を glyceroneogenesis という (4I)。乳酸、ピルビン酸、アラニン、TCA 回路の中間体などが原料になる。 | 
| 脂肪分解 | トリアシルグリセロールから脂肪酸が切り離され、ジアシルグリセロール、モノアシルグリセロール を経てグリセロールが生じる。 | 
酵母のグリセロール生合成
以下の図 (3) には、解糖系の中間体 DHAP からのグリセロール合成が関係する遺伝子とともに示されている。酵母の論文である。
DHAP は glycerol phophase dehydrogenase (GPD) によってグリセロール-3-リン酸 (G3P) になる。
 
ラットのグリセロール生合成
下の図 (4) で、ジヒドロキシアセトンリン酸 DHAP は解糖系の中間体である。ここから右の方向への反応 (PEP まで)が解糖系の一部で、そこから先はオキサロ酢酸 oxaloacetate を経て TCA 回路に入る補充反応 anaplerosis の経路が描かれている。DHAP は、グリセロール-3-リン酸と構造が似ていることがわかる。反応に NADH が使われることも重要である。
 
ただし、ラット rat の 脂肪組織、筋肉、肝臓では、グルコースはグリセロールの主要な原料ではない (4R)。乳酸、ピルビン酸などからのグリセロール合成 glyceroneogenesis が多い。48 時間飢餓および通常条件下でそうであるほか、スクロース食でさらにその割合が増える。下の表はこれを表すデータである。
 
グルコースからのグリセロール合成が「解糖系のオーバーフロー」であることを踏まえると、この事実は通常状態のラットでは解糖系が「普通に」機能しているということを意味する。とくに、飢餓状態では脂肪の燃焼が促進され、グルコースからのオキサロ酢酸の供給は TCA 回路を回すために必要である。この状態で解糖系がオーバーフローするはずがなく、自然な結論と言える。
グリセロールの分解
グリセロールの分解は、解糖系および 糖新生 と密接に関わっている。脂肪分解で生じたグリセロールは、以下のステップで分解される (6)。
これは、解糖系の中間体 DHAP からグリセロールを合成する反応の逆経路であり、つまりグリセロールから解糖系の中間体ができる。最終産物である DHAP は、解糖および糖新生のどちらの経路にも乗ることができる。
- グリセロールキナーゼ glycerol kinase と ATP にリン酸化されて、glycerol-3-phosphate となる。
- Glycerol phosphate dehydrogenase と NAD+ に酸化されて、ジヒドロキシアセトンリン酸 DHAP になる。これは解糖系の中間体である。
- DHAP は glyceraldehyde-3-phosphate (G3P) に isomerization される。解糖系、糖新生のどちらにも乗ることができる。
分子シャペロンとしての機能
> グリセロールは、タンパク質の凝集を防ぐ分子シャペロンとして働く (2)。
- ヒトの細胞を 200 – 400 mM グリセロールで処理すると、酸化ストレスから保護される。
- ルシフェラーゼを熱変性させ、その re-folding を調べている。
> タンパク質溶液の凍結・融解を避けるためにも使われる。
- 制限酵素 restriction enzyme は、一般にグリセロール溶液として市販されている。
大腸菌培養液にグリセロールを 
その他メモ
大腸菌では、細胞内へのグリセロール取り込みは GlpF という遺伝子にコードされる glycerol facilitator による (文献)。受動拡散であり、グリセロールは細胞内に取り込まれるとすぐにリン酸化されるので、グリセロール濃度は常に細胞外の方が高くなる。Glycerol facilitator は、水のチャネルである AqpZ 遺伝子産物と構造的に類似しており、アクアポリンの一種である。
広告References
- Ingram & Roth, 2011a. Glycolytic inhibition as a strategy for developing calorie restriction
 mimetics. Exp Gerontol 46, 148-154.
- Deocaris et al. 2008a. Glycerol stimulates innate chaperoning, proteasomal and stress-resistance functions: implications for geronto-manipulation. Biogerontology 9, 269–282.
- Wei et al. 2009a . Tor1/Sch9-regulated carbon source substitution is as effective as calorie restriction in life span extension. PLoS Genet 5, e1000467.
- Nye et al. 2008a. Glyceroneogenesis is the dominant pathway for triglyceride glycerol synthesis in vivo in the rat. J Biol Chem 283, 27565–27574.
- Amazon link: 岩波 理化学辞典 第5版: 使っているのは 4 版ですが 5 版を紹介しています。 
- Amazon link: ストライヤー生化学: 使っているのは英語の 6 版ですが、日本語の 7 版を紹介しています。参考書のページ にレビューがあります。 
Copyright
PLoS Genet: Wei et al. (2009) is an open-access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution License, which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original author and source are credited.
J Biol Chem: See 学術雑誌の著作権に対する姿勢.
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