大腸菌 Escherichia coli
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概要: 大腸菌 E. coli とは
大腸菌 Escherichia coli (E. coli という略称がよく使われる) は、温血動物の腸内を含む環境中に存在する主要な バクテリア の一種である (2)。
写真は、USDA が提供している大腸菌の Public domain イメージ。 10,000 倍に拡大したもの。細長い棒状または円筒状の桿菌 (かんきん) である。
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大腸菌は、1885 年に Theodore Escherich によって最初に記載された (2)。1946 年、Joshua Lederberg および Edward Tatum によって有性生殖することが報告され、遺伝学 のモデル生物として使われるようになっていった。詳細はページ下の 大腸菌と分子生物学 を参照のこと。
本サイトには、以下のような関連ページがある。
大腸菌の分類
E. coli の分類は、サブクラスなどがなくシンプルである。
cellular organisms; Bacteria; Pseudomonadota; Gammaproteobacteria; Enterobacterales; Enterobacteriaceae; Escherichia |
Pseudomonadota は、かつてプロテオバクテリアと呼ばれていた門であり、基本的には rRNA 配列で定義されている。主に LPS から成る外膜を持ち、グラム陰性である。大腸菌のほか、サルモネラ、ビブリオなどがこの門に含まれる。
ガンマプロテオバクテリア Gammaproteobacteria は綱である。Enterobacteriaceae は腸内細菌科で、紛らわしいがこれは科の名前であり、ヒト などの腸内に存在する菌を意味する「腸内細菌」とは異なる。実際に、腸内細菌科の細菌は、腸内細菌のごく一部である。
これには歴史的な理由がある。
Enterobacteriaceae 腸内細菌科に属する細菌は通性嫌気性 (後期呼吸と嫌気呼吸を切り替えられる) で、通常培地でよく発育するという特徴がある。現在は、腸内細菌の同定は主に培養を介さないメタゲノムシークエンシングで行われるが、腸内細菌を培養してから研究していた時代には、腸内細菌科に属さない菌が培地で生育せず、よって本科の菌が主な腸内細菌であると考えられた。
PubMed Taxonomy についての解説ページは こちら。生物の分類のページ も参照のこと。
大腸菌は、グラム染色 で赤く染まる
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大腸菌と分子生物学
大腸菌には、分子生物学のモデルとして以下のような利点がある (2)。
- 増殖が早い。細胞分裂は最短で約 20 分に一回。これは変異が蓄積するのが早いということでもある。増殖速度は培地の栄養により、ほとんどの培地では 1 時間に 1 回のようだ (2)。
- 培養が容易。液体培地でも固体培地でもよく殖える。
- ゲノムはハプロイド。
大腸菌のゲノムサイズは 4,638,858 bp = 約 4.6 Mb 、DNA を長く伸ばすと約 1.6 mm となる (2)。
遺伝子数は約 4,300 個で、ヒトと共通の遺伝子は 8 %。大腸菌は非常によく研究されている生物ではあるが、1997 年のゲノム決定論文 では、38% もの遺伝子が機能未知とされている。
2006 年のゲノム配列見直し時には、実験的に機能が分かっている遺伝子が 54%、配列から類推できるものが 32%、予想もつかないものが 14% だったようだ (参考)。このページでは、大腸菌のゲノムを削っていき、生存に必要な最小限の遺伝子を決めるという試みも紹介されていて興味深い。
2016 年の文献 2 でも「多くの遺伝子が機能未知」とされており、特殊な状況での生育に関わっているのかもしれないと書かれている。
野生株は、グルコースとミネラルのみの培地で生育可能。通常は binary fission で増殖し、遺伝的に同一の娘細胞を作る。有性生殖は conjugation と呼ばれ、通常は F plasmid 上の遺伝子で制御される (2)。
このサイトには、大腸菌を用いた実験に関する以下のようなページがある。
培地 |
|
タンパク質発現 |
大腸菌のデータベースなどについてメモ。
- ASKA クローン: W3110 株のゲノム情報 (GenBank ID: AP009048.1) をもとに作られた、大腸菌全遺伝子のプラスミドクローン。GFP 融合タンパクや His-tagged タンパクとして購入可能。
- Keio コレクション: 遺伝子ノックアウト株のコレクション。BW25113 株。
大腸菌の遺伝子型
様々な大腸菌の変異体が分子生物学に使われている。変異は、一般に以下のような形で表記される。これは、実験によく使われる DH5α 株の遺伝子型である。
F- endA1 glnV44 thi-1 recA1 relA1 gyrA96 deoR nupG φ80dlacZΔM15 Δ (lacZYA-argF)U169, hsdR17(rK- mK-), λ-
記載法には以下のようなルールがあり (参考)、これを使うと上記のような遺伝子型表記を読み解くことができる。
- 遺伝子名は斜体で deoR のように表記し、タンパク質名は最初を大文字にして標準体で DeoR のように書く。
- オペロンを構成している場合は、4 番目の大文字を続けて表記する → lacZYA など。
- 基本的には、機能が欠損している遺伝子のみを表記する。欠損を強調したい場合は deoR- のように - をつける。また、機能が正常であることを記述したい場合は + をつける。
- 連続した複数の遺伝子の欠損は、δ(lac-proAB) のように最初と最後の遺伝子をハイフンで結んで書く。
- 表現型を記述することも可能である。Kanr のように、r (resistant), s (sensitive), + (その表現型あり), - (その表現型なし) のいずれかを上付き文字で記述する。
- 制限系の有無を r+ または r- で、メチル化系の有無を m+ または m- で記述する。
- 溶原性ファージおよびプラスミドの有無を + または - で記述する。たとえば、上記の F- は F 因子を持たないという意味である。F 因子は環状の DNA で、大腸菌の雄と雌を規定する。
- 遺伝子の置換は :: で記述する。たとえば mcrA::Tn10 と書いてあった場合、mcrA 遺伝子が Tn10 (テトラサイクリン耐性遺伝子をもつトランスポゾン) によって置換されていることを意味する。
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References
関沢、井上 1975a. 大腸菌外膜における物質の受動的透過について. 生物物理 15, 229-237.- Amazon link: Pierce 2016. Genetics: A Conceptual Approach
: 5, 6 版を使っています。
- By Y tambe - Y tambe's file, CC BY-SA 3.0, Link
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