ミトコンドリア DNA:
遺伝子の種類、複製機構、病気との関係など

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このページの最終更新日: 2024/12/15

  1. 概要: mtDNA とは
  2. mtDNA 上の遺伝子
    • mtDNA の変異と病気
    • 分子時計としての mtDNA
  3. mtDNA の複製
  4. mtDNA と老化

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概要: mtDNA とは

ミトコンドリア DNA (mtDNA) とは、細胞内小器官のミトコンドリアに含まれる DNA のことで、脊椎動物では約 16,000 塩基から成る。核の DNA と比較した場合、mtDNA は以下のような特徴をもっている。


1. 原核生物由来

ミトコンドリアは 原核生物のゲノムに由来する ため、mtDNA の配列は原核生物のそれの特徴を多く残している。

  • 基本的に 電子伝達系 の遺伝子をコードする (1)。ただし多くの遺伝子は核へ移行しており、mtDNA には十数個の遺伝子が残されているのみである。
  • mtDNA の配列は Rickettsia prowazekii のものに最も似ており、この種の祖先が一度だけ細胞内共生したものと考えられている (1)。

2. 酸化ストレスを受けやすい

ミトコンドリアは酸素を使って ATP を作るオルガネラである。そのため mtDNA は酸化ストレスを受けやすい

  • 塩基置換速度が一般に核 DNA よりも大きく、分類や系統関係の推定によく使われる。
  • mtDNA には ヒストン がなく、DNA 修復機構もあまり働かない (7)。

3. 環状構造

mtDNA は一般に 環状構造 を示す。しかし、最近では直鎖状のものも多いという雰囲気になっている (1)。

  • ある程度小さいサイズの DNA は、環状の方がメリットがあるのか? 細菌ゲノムも環状だったりする。

4. 細胞質遺伝 (母系遺伝)

mtDNA は 細胞質遺伝 cytoplasmic inheritance をする (2)。

  • 細胞質遺伝では、通常母親の mtDNA のみが次世代に受け継がれる。
  • 父親の mtDNA が受け継がれない理由として、希釈される説と選択的に分解される説があった。オートファジーで父親の mtDNA が分解されるメカニズムが明らかになったのは、2011 年のこと (3)。
  • 人類最古の完全な mtDNA 配列が 2008 年に報告されている (4)。Tyrolean Iceman のもの。

5. 量が多い

mtDNA は、ミトコンドリアあたり 2 - 10 コピー存在する (2)。

  • 細胞には数百から数千のミトコンドリアが含まれるため、mtDNA 量は核 DNA 量よりも非常に多い。

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mtDNA 上の遺伝子

mtDNA の大きさは 6,000 bp 以下 (原生生物 Plasmodium falciparum ) から 200,000 bp 以上 (いくつかの植物) と様々であり、長さに応じて含まれる遺伝子も異なる (1)。

ヒト mtDNA は 16,569 bp から成り、13 の 呼吸鎖 関連のタンパク質, rRNA, 全てのコドンの翻訳に十分な tRNA をコードしている (1)。通常、37 個の遺伝子をコードしているとされる (6)。

以下の表は 脊椎動物の mtDNA に含まれる代表的な遺伝子 をまとめたものである。なお、ミトコンドリア DNA からタンパク質を作る際に使われるコドン codon は、核ゲノムのそれと異なっている。


遺伝子 特徴

COI
Cytochrome oxidase I
シトクロームオキシダーゼ I

mt DNA は核 DNA に比べて変異が早く、実験が容易である (特徴の 2 および 5) であることから、生物の分類によく使われる。

COI 遺伝子は、動物でこの目的で使われる代表的な遺伝子であり、COI の配列に基づく分類を DNA barcoding という。実際に A, T, C, G の情報をバーコードにして表す。Barcode of Life というデータベースがあり、ここには 2016 年 10 月現在で約 50 万種の配列が登録されている。

ATP6
16S rRNA

ミトコンドリア DNA に含まれる遺伝子であるが、検索するとバクテリアの 16S rRNA に関する記述ばかりで、真核生物のミトコンドリア 16S rRNA についての記述は少ない。リンク先も、バクテリアの遺伝子に関する記述が主。

Cyt b
Cytochrome b
シトクローム b

D-loop
Displacement loop

ヒトでは 1.1 kb。唯一の非翻訳領域で、mtDNA の転写と複製に重要 (8)。


mtDNA の変異と病気

mtDNA の変異、とくに電子伝達系 electron transport chain 関係の遺伝子の変異は、さまざま遺伝病の原因となっている (2)。LHON (Leber hereditary optic neuropathy) が有名である。この病気では、青年期のあとから視覚神経が失われる。母系遺伝する。


分子時計としての mtDNA

mtDNA は変異速度が大きいため、分子時計 molecular clock としても有用である。いくつかの脊椎動物では、大まかに 100 万年あたり 2% 変化する と見積もられている (5)。ヒトでは、1%/100 万年という記述もある (10)。

ただし、mtDNA を唯一の指標とすることには問題があるようである。実際、唯一の指標にして OK なものなどあまり無いけど。

> mtDNA を集団解析の唯一の手段とすることについて懸念を示した総説 (11)。

  • 一般にミトコンドリア DNA に残っている遺伝子でも、核ゲノムに移行しているものがある。これらは mtDNA を標的とした PCR で増幅され、結果に影響を及ぼすことがある。
  • 特に節足動物では、細胞内共生生物によって mtDNA の進化にバイアスがかかる。カリフォルニアで wolbachia の細胞内寄生が Drosophila の mtDNA を均一にしてしまった例が挙げられている。
  • Drosophila の例は顕著で、9 種あるはずの Drosophila が、mtDNA では 3 種にしか分かれない。

mtDNA の複製

mtDNA の複製は 細胞周期 とは独立しており、核 DNA にコードされる数個の酵素によって制御されると考えられている (8)。MitochondrialDNA polymerase γ, mitochondrial single-stranded DNA-binding protein, DNA helicase などが関与する。

mtDNA と老化

mtDNA には、核 DNA の 10 - 15 倍の早さで変異が蓄積するとされている (8,9)。しかし、mtDNA の変異が老化の原因であるかどうかについては諸説あるのが現状。とりあえず、いくつかレビューを読んだので論文ごとにまとめる。もう少し勉強したら整理する。


> mtDNA の変異と老化に関するレビュー (8)。

  • 核 DNA のように厳重にパックされていない (ヒストン がない) ので、変異源となる物質に触れやすい。
  • 活性酸素の発生源である 電子伝達系 が近くにある。とくに complexes I, III から活性酸素が発生しやすい (9)。
  • 核 DNA よりも複製回数が多い。一般に、DNA のエラーは複製時に入りやすい。
  • mtDNA にも修復機構はあるが、核 DNA のものよりも効率が悪い。

> ミトコンドリアと老化に関するレビュー (9)。

  • UCP などによる uncoupling は、マイルドな場合 ROS を減らす。
  • 老人でも、mtDNA にあまり変異が蓄積されていない。割合でいうと、ミトコンドリア病などから想定される閾値は mtDNA の 70% 程度であり、ヒトでみられる変異はこれよりもはるかに低い。
  • ただし、例えば全体の 10% の mtDNA に変異があるとすると、その 10% は均一に分布しているのではなく、特定の細胞に集中している。そのため、その細胞は機能不全を起こすと思われる。
  • 変異は主として deletion である。4977 bp の large deletion はよく見られる。短いため複製されやすい。
  • mtDNA の唯一の DNA polymerase に点変異を導入した mutator mice は早老傾向を示す。ただし状況は複雑なので、詳細は DNA polymerase のページ を参照のこと。
  • Mutator mice の子孫は、変異 mtDNA を出生時からわずかに持っており、これが増殖することで早老症状を示す。
  • ヒトとマウスは、寿命は違うがミトコンドリアの複製にかかる時間はほぼ同じ。つまり、ヒトのミトコンドリアの方が一生での複製回数が多い。
  • 抗酸化酵素などは、ミトコンドリアをターゲットにして過剰発現しないと効かないかもしれない。

ミトコンドリアゲノムの変異がどのようにリセットされるかを明らかにした 理研のプレスリリース がある。

mtDNA のコピー数は、ヒト primary oocyte (20 µm) では約 500、MII oocyte (80 µm) では 150,000 - 700,000 である (6)。数が著しく増えるが、数には個人差が非常に大きいことがわかる。一般に、mtDNA 量が多いほど受精率が高い。

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References

  1. Berg et al. Biochemistry (2006).

Berg, Tymoczko, Stryer の編集による生化学の教科書。 巻末の index 以外で約 1000 ページ。

正統派の教科書という感じで、基礎的な知識がややトップダウン的に網羅されている。その反面、個々の現象や分子に対して生理的な意義があまり述べられておらず、構造に偏っていて化学的要素が強い。この点、イラストレイテッド ハーパー・生化学 30版 の方が生物学寄りな印象がある。

英語圏ならば学部教育向けにはややレベルが高い印象。しかし、基本を外さずに専門分野以外のことを 研究レベルで 英語で読みたいという日本人には非常に適しているだろう。輪読とかにも向いているかもしれない。翻訳版はストライヤー生化学として売られている。



  1. Amazon link: Pierce 2016. Genetics: A Conceptual Approach: 使っているのは 5 版ですが、6 版を紹介しています。
  2. Sato & Sato. Degradation of paternal mitochondria by fertilization-triggered autophagy in C. elegans embryos. Science 334, 1141-1144.
  3. Ermini et al. 2008a.Complete Mitochondrial Genome Sequence of the Tyrolean Iceman. Curr Biol 18, 1687-1693.
  4. Shields & Wilson 1987a.Calibration of mitochondrial DNA evolution in geese. J Mol Evol 24, 212-217
  5. Grindler and Moley 2013a. Maternal obesity, infertility and mitochondrial dysfunction: potential mechanisms emerging from mouse model systems. Mol Hum Reprod, 19, 486-494.
  6. Wilding 2005a. The maternal age effect: a hypothesis based on oxidative phosphorylation. Zygote, 13, 317-323.
  7. Pinto and Moraes 2015a (Review). Mechanisms linking mtDNA damage and aging. Free Radic Biol Med, 85, 250-258.
  8. Payne and Chinnery 2015a (Review). Mitochondrial dysfunction in aging: much progress but many unresolved questions. Biochem Biophys Acta 1847, 1347-1353.
  9. 宝来, 1997a. DNA人類進化学 (Amazon link). 岩波科学ライブラリー 52.
  10. Hurst and Jiggins 2005a (Review). Problems with mitochondrial DNA as a marker in population, phylogenetic and phylogenic studies: the effects of inherited symbionts. Proc R Soc B, 272, 1525-1534.

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