水のイオン積と pH: 生化学的な解説

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このページの最終更新日: 2024/02/14

  1. 水の解離とイオン積
  2. pH とは
  3. pH に関する様々な話題
    • 酸性溶液が生物に与える影響
    • 温度が上がると pH は下がる
    • ケミカルシフトは pH に影響を受ける

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酸・塩基についての項目は、以下の 5 つのページにまとまっている。体系的に学びたい人は、以下の順に読むことをお勧めする。

水の解離とイオン積

水 H2O は、酸・塩基を考える際には特殊な物質である。水は

H2O ⇌ H+ + OH-

と電離するので、アレニウスの定義によると 酸でも塩基でもある物質と言える。

また、水は上記の反応によって環境中の H+ 濃度を上昇させるほか、以下の反応で H+ 濃度を減少させることもできる。

H2O + H+ ⇌ H3O+

したがって、ブレンステッド・ローリー (Brønsted & Lowry) の定義においても、水は酸でも塩基でもあると言える (もっとも、ブレンステッド・ローリーの定義では、全ての酸が環境中の H+ 次第で塩基として働くが)。

このページでは、pH を理解するために、まず水の解離 dissociation について考えてみる (1)。

水の解離

水の解離の式について、平衡定数 K を考える。これは解離反応なので、K は解離定数でもある。

水の電離の平衡定数

このとき、質量作用の法則と平衡定数のページにあるように、K は温度と圧力だけの関数 になる。

平衡定数は、一般にギブスの自由エネルギー ΔG と次の関係になる。

ΔG = -RT ln K

これを使うと、K が 1.8 x 10-16 mol/L と一意に定まる。


イオン積

水の分子量は 18 なので、1リットルの水は 1000 ÷ 18 = 55.56 モルである。つまり、下の式において [H2O] = 55.56 である。

水の電離の平衡定数

この 2 つの値から [H+] と [OH-] も算出できる。[H+][OH-] = 55.56 x 1.8 x 10-16 = 1.0 x 10-14 であり、[H+] と [OH-] の濃度は等しいので、それぞれが 1.0 x 10-7 となる。

ここで一つの仮定をおく。一般に、生化学での式変形は「法則に当てはめる → 何かを仮定して変数を減らしたりする → さらに式変形できるようになる → 意味のある形が得られるまでこれを繰りかえす」 というのが原則である。

ここで導入する仮定は、水の濃度が非常に大きいので、一定と仮定できる というものだ。ここから何が導けるだろうか?


この仮定から、イオン積 ion product という 新たな定数が導ける ことになる。式変形は単純で、両辺に [H2O] を乗じるだけである。つまり、

K × [H2O] = [H+] x [OH-] = 1.00 x 10-14 = 一定


である。この K × [H2O] をイオン積といい、一般に KW で表す。単位は (mol/L)2 である。[H2O] は本来変数であるが、一定と仮定しているので、イオン積も定数になる。

イオン積という概念のメリットは、薄い強酸、強塩基の濃度から pH を推定できるようになる ことである。まず次の pH の項目を読み、イオン積を対数で表してから、実際の例に進む。

  • 解離定数の値と、[H+] = [OH-] = 1.0 x 10-7 から、解離している水分子の割合も導くことができる。H+ と OH- に解離している分子の割合はわずか 1.8 x 10-9 で、水はかなり安定な分子であることがわかる (1)。

pH とは

pH とは、[H+] の log の負の値である (1)。底は 10 であるため、[H+] = 10-7 の水の場合には、


pH = -log[H+] = -(-7) = 7


となる。p は英語の power である。

イオン積の式の対数をとると、


logKW = log[H+][OH-] = log10-14

したがって、

pH + pOH = 14


という非常にシンプルな式が導けることになる。


イオン積の使い方

2.0 x 10-6 mol/L の KOH 溶液があるとする。KOH は強塩基なので、全てが K+ と OH- に解離していると仮定してよい。

  • このとき、KOH 由来の OH- の濃度は 2.0 x 10-6 mol/L である。
  • KOH の存在は水の解離には影響を与えないので、水由来の OH- の濃度は 1.0 x 10-7 mol/L である。
  • よって、全体の OH- の濃度は 2.1 x 10-6 mol/L となる。
  • pOH = -log (2.6 x 10-7) = -[log(2.6) + log(10-6)] = -(0.41-6) = 5.56

ここでイオン積が活躍する。

pH = 14 - 5.56 = 8.44

である。以上のように 濃度から pH を算出することができる。ただし、これは KOH が溶液中で完全に解離しているとの仮定のものと計算であることを忘れてはいけない。

ここを理解したら、次は解離定数のページで酸・塩基の重要な概念、pKa を学ぼう。ページの上にリンクがある


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pH に関するさまざまな話題

酸性溶液が生物に与える影響

酸性溶液は有害であるが、具体的にどういうメカニズムで生体にダメージを与えるのだろうか? 重要な点の一つは、細胞外 pH を細胞内 pH を区別することである。


> 揮発性の短鎖 脂肪酸細胞膜 を透過し、直接細胞内 pH を下げる (2)。

  • Butyrate, propionate, acetate など。
  • これらの脂肪酸は発酵 fermentation の結果生じるので、自然界に存在する acid stress である。

> 細胞外 pH の低下は、そこに存在する弱酸 acetate などを非解離状態にする (2)。
  • 非解離状態の方が電荷が弱いので、細胞膜を通過しやすい。
  • 結果として、より多くの酸が細胞に入ってしまう。上記の現象を加速させるといっても良い。

> バクテリアは、アミノ酸デカルボキシラーゼでアミノ酸と H+ を反応させる (2)。

  • H+ を消費するための反応で、低 pH に対する応答 である。
  • サルモネラでは Lys + H+ でカダベリン cadaverine が作られる。
  • カダベリンは、トランスポーターによって細胞外のリシンと交換される。
  • 大腸菌は グルタミン酸 と H+から GABA を、アルギニン と H+ から agmatine を合成する。

pH と温度

温度は pH に影響する。

水の解離は吸熱反応であるため、温度が上がると解離が進み、H+ の濃度が上がる。すなわち pH は下がる。HEPES の場合も、温度が上がるほど pH は低下する (2)。


pH とケミカルシフト

ケミカルシフト (または化学シフト) とは、NMR において官能基の特徴を表す値の一つである。pH の影響に関する詳細は ケミカルシフトのページ に記載している。

pH の変化は NMR で検出する magnetic property を変化させるため、ケミカルシフトにも影響する。ただし、その影響はもちろん分子や官能基によって異なる。例えば citric acid のダブレットは pH に影響を受けやすい。


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References

  1. Amazon link: 平尾, 加藤 1988. 化学の基礎 分子論的アプローチ (KS化学専門書).
  2. Bearson et al. 1997a (Review). Acid stress responses in enterobacteria. FEMS Microbiol Lett 147, 173-180.
  3. 同仁堂ウェブサイト. Link.

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