がんの定義と概要
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言葉の定義: とくに Cancer と Tumor
英語
Cancer は病気のことである。その原因として細胞分裂 cell division の異常があり、この異常に増殖する細胞集団 (もしくは異常に増殖するという現象) が tumor または neoplasm と呼ばれる。
- Any disorder of cell growth that results in invation and destruction of surrounding healthy tissue by abnormal cells (1).
つまり、がんは
Tumor はアメリカ英語の表記で、イギリス英語では Tumour と書く。Oxford 辞書 (1) では、単に "See neoplasm" と書かれている。
Oxford 辞書 (1) の項目名から、neoplasm と tumour は同じ概念であるように思われるが、説明文中に tumour という言葉が出てくるのが混乱を招いている。
- Any new abnormal growth of cells, forming either a harmless (benign) tumour or a malignant one (1).
異常な分裂をする細胞が局所的に存在している場合は
日本語
コトバンクに複数の辞書の定義がある。しかし、コトバンクでは
世界大百科事典 第 2 版の解説が文献 1 のものに近い。すなわち、がん = 全身の病気であり、細胞の塊である腫瘍とは異なるものとしている。日本語でもこのように考えるのが良いと思う。
癌を完全に定義づけることは難しいが、ひとまず次のようにいうことができる。すなわち、〈癌とは、多細胞生物の体の中に生じた異常な細胞が、生体の調和を無視して無制限に増殖し、他方、近隣の組織に浸潤したり他臓器に転移し、臓器不全やさまざまな病的状態をひき起こし、多くの場合生体が死に至る病気〉である。癌は多細胞生物の病気であって、細菌やアメーバなど単細胞生物には癌はない。多細胞生物では、1 個の生殖細胞が分裂増殖し、さまざまな器官に分化し、全体として調和のとれた個体として活動している。 |
また、漢字、カタカナ、ひらがなの表記の違いも重要である。医師の間では、漢字の「癌」は人間の体の外部と繋がっている箇所にできる悪性腫瘍に使われ、平仮名の「がん」はそうでない悪性腫瘍に使われるという慣習があったようである (6)。カタカナの「ガン」は基本的に使わないそうだ。
したがって、消化器系、皮膚などは「癌」であり、白血病、前立腺などは「がん」であるということになる。
しかし、これには明文化されたガイドラインがあるわけではなく、どうも医師の間の慣習のようで、さらに近年では重視されなくなってきているようだ (6)。
この使い分けには、さらに「癌」という漢字が常用漢字に含まれてないという問題も絡んでくる。結局のところどっちでも良いと思うのだが、文科省と厚労省でルールに違いがあるような状況はやめてほしい。また、各臓器のがん学会で見解が異なるというのもちょっと。統一的な見解を、偉い人たちに出して欲しいものである。
その他のがん関連用語
Benign |
腫瘍細胞が、発生した部分に局在している状態 (2)。すなわち転移していない状態のこと。 |
Malignant |
腫瘍細胞が他の組織に侵入している状態 (2)。通常、がんの症状が現れるのはこの段階から (5)。 |
Metastasis |
腫瘍細胞が 2 次的に新たな腫瘍細胞の集団を作ること (2)。 |
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さまざまな組織のがん
概要を表にまとめる。がんは遺伝子の変異に由来し原則として genetic であるが、体細胞の遺伝子の変異が原因なので、遺伝しないという特徴がある。
種類 | 特徴 |
---|---|
膵臓がん | リンパ節 lymph nodes や他の臓器に転移しやすく、 膵臓がんの予後が悪いのは、すい臓が太い血管やリンパに囲まれていて転移しやすいこと、自覚症状があまりないこと、全摘出ができないことなどによる。 |
白血病 | 正常な血球生産を支えるシステムに異常が起こる病気である。慢性/急性、骨髄性/リンパ性と 4 種類に分類されている。 |
乳がん | 乳がんは女性にもっともよくみられる浸潤性のがん invasive cancer の一種で、女性のがんの 16%、女性の浸潤性がんの 22.9% を占める。がんにおける死亡の 18.2% は乳がんである。 |
前立腺がん | 男性にみられるがん。 |
骨肉腫 |
膝、肩などにできる骨のがんで、若年期および老年期に 2 つの発症ピークをもつのが特徴。痛みがあまりないために見過ごされやすい。患者の 60% は 18 歳未満であるというデータがあり、この年齢分布が他のがんとは異なる骨肉腫の特徴である。 少年期には症状があまり出ないため、悪化しやすい傾向がある。多くの場合、関節部分が膨らんでくることで、単なる関節痛とは区別される。 家族性の骨肉腫があることから、なんらかの遺伝子の関与が示唆されているが、詳細は不明な点が多い。 |
頭蓋内に発生する腫瘍を総称して脳腫瘍という。つまり、脳細胞のみでなく頭蓋内の硬膜、クモ膜、血管などに生じた腫瘍は全て脳腫瘍である。 脳腫瘍および脊髄腫瘍のうち、グリア細胞に由来するものをとくに 神経膠腫 (しんけいこうしゅ) または グリオーマのうち、もっとも悪性の腫瘍をとくに 膠芽腫 (こうがしゅ) グリオブラストーマ glioblastoma という。 |
|
甲状腺がん |
とりあえず 福島で甲状腺がんは増えているのか というページを作りました。 |
直腸がん |
アメリカではがん関連死の第 2 位 (4)。 |
がんの原因
細胞の増殖を早めるような DNA の変異が直接の原因である (2)。DNA の変異の原因として、紫外線、発がん性物質 carcinogen、遺伝的要因などがある。
がん細胞には複数の変異があるのが一般的である。細胞の増殖を早めるような変異が一つ入ると、その細胞は体の中で大きな割合を占めることになる。活発な増殖は、さらなる変異のリスクを上げる (2)。このように、がんが 2 段階の変異によって生じるとする説を
一般に、生体内で活発に分裂しているのは幹細胞 stem cell であることから、最初の変異は stem cell に入りやすい。このアイディアは「がんの stem cell 仮説」と呼ばれることもある。
遺伝子の変異
細胞分裂や DNA 修復に関係する遺伝子の機能に異常をきたすと、がんになる可能性がある。文献 2 では少なくとも 350 の遺伝子ががんに関連すると報告されており、総数は 2000 を超えると見積もられている。遺伝子のもともとの機能によって、以下のように分類されている。
詳細は oncogene のページ を参照のこと。とりあえずは tumor suppressor gene もこのページにまとめている。内容が増えてきたら分離する。
Oncogenes
本来、細胞分裂を
種々の成長因子とそのシグナル伝達に関わるタンパク質のほか、DNA 修復、アポトーシス阻害などを通じて間接的に細胞分裂を促進する遺伝子も proto-oncogene に含まれる (3)。
2 セットある遺伝子の一方に gain-of-funciton の変異が生じると、細胞の異常増殖が起こる (1)。変異はがん化に対して dominant に働くと言える。
例: ATM, bcl-1, bcl-2, erb2, fos, jun, myc, ras, sis, src.
Tumor suppressor genes
本来、細胞分裂を
がんの 10% が tumor-suppressor gene の変異によるという記述があるが (2)、p53 遺伝子の変異は 50% のがんで見つかるという記述もあり (3)、このあたり確認が必要。
2 セットある遺伝子の一方に loss-of-funciton の変異が生じても、通常の場合、細胞の増殖を抑制する機能は維持される (1)。変異はがん化に対して recessive に働くと言える。
例: NF1, p53, RB, WT-1.
遺伝的要因と環境要因
遺伝子の変異ががんの直接の原因であるが、「どうやってその変異が入るか」という問題がある。変異の原因は、しばしば遺伝的要因と環境要因の 2 つに分けて議論される。
「遺伝的要因」とは、oncogene または tumor suppressor gene の変異のことではなく、
具体的には、DNA 修復系の多型が挙げられる。細胞は、DNA の変異を修復するシステムをもっている。DNA 修復系の異常は、高い確率でがんをもたらす (2)。典型的な遺伝的要因で、がんが多発する家系の解析などからこのような遺伝子が同定されている。
「環境要因」は、oncogene または tumor suppressor gene に変異が入りやすくなるような環境要因のことである。一般に、遺伝よりも環境要因の方が大きいと考えられている。たとえば、日本人は一般にハワイ人よりもがんの罹患率が低いが、ハワイに移住するとがんの確率が上がる (2)。
以下のような環境要因が一般に知られている。
環境因子 |
概要 |
---|---|
喫煙 | 肺がん lung cancer の発生と高い相関がある (2)。 |
紫外線 | |
化学物質 |
発がん性物質 carcinogen のページにリストがある。 |
ウイルス | |
肥満 | 肥満は、少なくとも 13 種類のガンのリスクを高めることが示されている (7)。 |
がんの治療
大まかには手術による切除、放射線、および抗がん剤に分類される。
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References
Hine (2015). A Dictioonary of Biology.
信頼できる定義 (情報源) を手元に持っておくことは重要である。自分の勉強にも役に立つが、外部に向けた書類を (レポート、論文、申請書など) 書く場合の効率が一段とアップする。そして、辞書は 日本語では 岩波 生物学辞典 第5版 をお勧めしているが、英語では Oxford の辞書がよい。大学の初級あたりをターゲットにしていて、あまり難しい単語は載っていないが、英語での定義をしっかりと押さえるにはとても便利。価格帯も非常に手頃。 |
- Amazon link: Pierce 2016. Genetics: A Conceptual Approach: 使っているのは 5 版ですが、6 版を紹介しています。
- Amazon link: 水島 (訳) 2015a. イラストレイテッド細胞分子生物学.
Arshad et al. 2016a. Racial Disparities in Colorectal Carcinoma Incidence, severity and survival times over 10 years: A retrospective single center study. J Clin Med Res 8, 777-786.Aviv et al. 2017a. Mutations, cancer and the telomere length paradox. Trends Cancer 3, 253-258.- 「がん」と「癌」と「ガン」の違いって知っていますか? Link: Last access 2019/12/06.
Lan et al. 2020a (Review). FTO – A common genetic basis for obesity and cancer. Front Genet 11, 559138.
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