老化: 使い捨ての体理論 (Disposable soma theory)

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このページの最終更新日: 2020/08/25

  1. 前提: Germ-plasm theory と Pangenesis theory
    • Germ-plasm theory
    • Pangenesis theory
  2. Disposable soma theory とは
  3. Disposable soma theory から予測されること

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前提: Germ-plasm theory と Pangenesis theory

使い捨ての体理論 disposable soma theory は、細胞生殖細胞 germ-line cells と 体細胞 somatic cells に分類し、それらの違いから「なぜ寿命が存在するか」を説明しようとする説である。

このページでは、まず前提となる理論 germ-plasm theory と、その対抗馬であるパンゲン説 pangenesis theory について解説する。


Germ-plasm theory

この理論では、精巣 testis および 卵巣 ovary に存在する生殖細胞、すなわち 精子 sperm と 卵子 egg のみが遺伝に寄与するとされる (図; Public domain)。

たとえば、筋トレを頑張ってムキムキになったとしても、その変化は筋肉という体細胞に生じた変化であるので、ムキムキの子供が生まれるわけではない。つまり、トレーニングの結果は次の世代には伝わらない。

この説は、ドイツの科学者 Weismann によって 19 世紀に最初に提唱された。現在では例外が報告されているものの、次の pangenesis theory と比較して、基本的には「正しい」学説とされている (6)。


Pangenesis theory

日本語では「パンゲン説」というらしいが、あまりこの言葉は聞いたことがない。この理論では、親が獲得した形質に関する情報が生殖細胞に伝えられ、次の世代に遺伝するとする説である (6)。

いわゆる「用不用説」や「獲得形質の遺伝」は、進化の原動力を説明しようとする理論である。つまり、パンゲン説で想定されるような変化が何世代にもわたって生じることで生物は進化するというもので、パンゲン説自体と厳密には異なるが、同じ思想が背景にあると言える。

ダーウィンが進化のメカニズムを説明するために提唱した説であるが、現在では 誤った説 とされている (6)。


概要: Disposable soma theory とは

使い捨ての体理論は、寿命がなぜ存在するか、またどのように決定されるかを説明する理論であり、概要は以下のようなものである (文献 1: 生命の持ち時間は決まっているのか. p.108 から)。


生命を germ line と soma に分け、寿命を説明しようとする使い捨ての体理論 disposable soma theory に関する本。Kirkwood は多くの論文や総説を発表している一流の老化研究者でもある。

Germ line とは生殖細胞系列のことで、次の世代に伝える遺伝情報がこれらの細胞に保持されている。そのため、germ line cell には生物は多大なエネルギーを投資し、DNA が傷ついたりしないように配慮している。

一方、それ以外の体細胞 soma には不必要なエネルギーを投資しない。これらが古くなってきたら、新しい体に作り変えれば良いためである (繁殖活動)。Pierce の遺伝学 などでも取り上げられている、広く受け入れられた老化理論であり、その提唱者であるカークウッドが自ら平易な言葉でこのアイディアを説明した名著である。


この理論はいくつかの仮定に基づく。

  1. 偶然によって生物が死亡する確率がゼロではないこと (事故、捕食など)。
  2. 生物には体細胞 soma と生殖細胞 germline の区別があること。
  3. 生物はエネルギーを体細胞に「投資 invest」することで、老化を防ぐことができること。一方、エネルギーを生殖細胞に投資すると、子孫の数を増やすことができること。
  4. エネルギーの総量は一定であり、「体細胞に投資すると、そのぶん生殖細胞への投資を減らさなければならないこと。これは トレードオフ である。

以上のような仮定のもとで、限られたエネルギーが体細胞と生殖細胞に分配 allocation され、そのバランスで老化速度が決まる とするのが disposable soma theory である。

突然死が起こると体細胞に投資したエネルギーは無駄になるので、体細胞への投資は適当な範囲に収め (体を使い捨てにするということ)、生殖細胞に投資する方が効率がよい。そのために体細胞は徐々に劣化し、これが老化の原因となるわけである。


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Disposable soma theory から予測されること

Disposable soma theory は仮説であるが、以下のような現象がこの仮説から予測される。これらの現象が観察されれば、disposable soma theory は正しいという証拠になる。

Disposable soma theory から maternal effect が予測できるとしたモデリングの論文もある (5)。



1. 突然死の確率が高い生物ほど、生殖細胞への投資は大きくなる。

突然死の確率が高い場合、体細胞に投資するエネルギーが無駄になる場合が多い。ここで、突然死は主に 被食 が想定される。人間による狩猟もその一種である。このほか、小さな池に住んでいる生物 vs. 干上がることのない湖に住んでいる生物などが当てはまる。

突然死の確率が高い場合、とにかく早く繁殖を開始し、できるだけ多くの子孫を残すことが適応的である。つまり早熟な個体が選抜される傾向が強まり、集団の早熟化が進む。

逆に言えば、安定な環境に生息していたり、体が大きかったりして突然死しにくい動物は体細胞への投資が大きく、「丈夫で長生き」する傾向にあることが予測される。

実際に、以下のような現象が報告されている。

  • 一般に、小さい動物より大きい動物の方が長寿である。捕食による突然死の確率が低いためと考えられる (1)。
  • 鳥類は移動能力が高く、一般に同じサイズの哺乳類よりも寿命が長い。しかし飛べない鳥は寿命が短い (1)。
  • コウモリはラットと同じぐらいのサイズだが、ラットより長生きで子供の数は少ない (1)。

2. 突然死の確率が高い生物ほど、カロリー制限で寿命を延ばす能力が低い。

カロリー制限 で寿命が延びることはよく知られている。Disposable soma theory では、この現象を「生殖細胞への投資を、一時的に体細胞へ回した結果である」と解釈する。

自然界で餌が少ない環境では、子供を産んでも飢餓によって死んでしまう可能性が高い (子供は成体よりも飢餓に弱いと仮定)。したがって、このような場合には生殖細胞への投資を減らすのが適応的である。

しかし、体細胞への投資を増やしても、親が突然死 (被食など) してしまったら意味がない。この場合、たとえ飢餓に弱いとしても、できるだけ多くの子供を生むほうが有利になる。

  • 野生の マウス は、実験動物のマウスよりもカロリー制限で寿命が延びにくい (2)。

3. Germ line と soma の区別がない生物は老化しない。

ヒドラは体のどの細胞からも全体を再生することができ、germ line と soma の区別がないと考えられている (4)。実際に、ヒドラは 4 年間培養しても生存率や繁殖率の低下が観察されず、老化しない生物である可能性が高い。1,400年も生きるという報告もある (5)。

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References

  1. Amazon link: Kirkwood. 生命の持ち時間は決まっているのか―「使い捨ての体」老化理論が開く希望の地平.
  2. Harper et al. 2006a. Does caloric restriction extend life in wild mice? Ageing Cell 5, 441-449.
  3. Kipling et al. 2004a (Review). What can progeroid syndromes tell us about human aging? Science 305, 1426-1431.
  4. Kirkwood 2005a (Review). Understanding the odd science of aging. Cell 120, 437-447.
  5. van den Heuvel 2016a. Disposable soma theory and the evolution of maternal effects on ageing. PLoS ONE 11, e0145544.
  6. Amazon link: Pierce 2016. Genetics: A Conceptual Approach: 使っているのは 5 版ですが、6 版を紹介しています。

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