NMR J-カップリング: 定義、スペクトルの見方など

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このページの最終更新日: 2022/07/26

  1. 概要: J-カップリングとは
  2. 1H-NMR における J-カップリング
  3. 13C-NMR における J-カップリング
  4. デカップリング について

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概要: J-カップリングとは

磁場の中にある 2 つの核スピンは、空間または化学結合 chemical bond を介して相互作用する。前者を dipolar coupling、後者の結合性電子を介した (化学結合を介した) 相互作用を J-coupling という (8)。

日本語では J 結合と呼び、scalar coupling および spin-spin coupling も同じ意味である。

Dipolar coupling は緩和の主要因であるが、平均されて 0 に近くなるので、NMR スペクトル上では観察されない。一方、J-coupling は 0 にならない (方向性がある) ため、NMR スペクトル上で観察されることになる。

1H-NMR における J-カップリング

プロトン NMR では、J-coupling は以下の関係にある 水素原子のシグナルの分裂 として観察される。


ビシナル vicinal プロトン

隣り合う炭素に結合しているプロトン。vicinal は「近所の、近接の」という意味である。-CH-CH-


ジェミナル geminal プロトン

同じ炭素に結合しているプロトン。一つの原子に同種原子が2つ結合した状態を geminal という。-CH2-


図は酢酸エチルの H-NMR スペクトルである (2)。プロトンに由来するピークが 3 つあり、右と左の 2 つが J-coupling によってそれぞれ 4 本と 3 本に分裂している。

構造式 H3C-COO-CH2CH3 を使って、これらの帰属を行ってみる。



H-NMR では、分裂で生じるピークの数はビシナル水素の数 + 1 になるという規則がある (n + 1 ルール)。ゆえに、

  1. 一番左のメチル基は、ビシナル水素がないのでピークは1本。よって中央のピーク。
  2. 中央の CH2 のビシナル水素数は、その隣のCH3から計算するので 3 + 1 = 4 である。したがって左のピークが相当する。
  3. 同様に、右のCH3のビシナル水素数は 2 であるため、これが右のピークになる。

また、J-coupling しているプロトン同士では、その分裂幅 (ピーク間の距離、単位は Hz )が同じになる (2)。この分裂幅のことを J-coupling 値という。


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13C-NMR における J-カップリング

まず、カップリングは磁場の中にある核スピン同士の相互作用であるため、H はスピンのない 12C とはカップリングしない (9)。関わるのは 13C のみである。

13C の natural abundance は約 1% と低いので、13C 同士が隣り合う確率は非常に低く、13C-13C coupling は基本的に無視してよい。したがって、多くの場合問題になるのは 13C と H のカップリングである。

1H-NMR の場合、13C と H のカップリングはこれも 1/100 なので、問題にならない。結果として、13C-NMR の場合のみ、13C と H のカップリングが問題になる

通常、13C-NMR では complete decoupling を行なっているので、このカップリングは観察されない。デカップリングについては、このページ下方を参照のこと。

デカップリングをしないと、隣接する 13C と H のほか、数本の結合を介したカップリングによってもシグナルが分裂するので、スペクトルの解釈が複雑になる (9)。

デカップリング

デカップリング、COSY などの J-coupling に関係する話題についても、とりあえずこのページに記しておく。内容が増えたらさらに整理する。

  • 上記の酢酸エチルの 3 つのピークを、左から A, B, C として説明する。
  • NMR では、多くの核を同時に励起するため、複数の周波数を含むパルスシークエンスを使っている。これを応用すると、たとえば A のピークのみ励起しないというように、ピークの選択的な消去が可能 である。
  • ピーク A は、構造式では中央の CH2 に帰属され、CH3 によるピーク C とカップリングしている。
  • したがって、ピーク A を選択的に消去すると、ピーク C の形が変わる (カップリングの影響も全て消去される)。
  • この例では構造が既知であるが、構造未知の化合物のスペクトルを解析している場合、「近くにある官能基」がわかることになる。これは構造決定に大いに役立つ。

このページ にもホモデカップリングの例がある (3)。

COSY について

Correlation spectroscopy (COSY) は 2 次元 NMR 手法の一つであり、同種の核においてその関係を 2 次元でプロットする方法の総称である。

もっともよく使われるのは 1H-1H COSY である。各シグナルのカップリングの有無を一覧で表示することができる。つまり、上記のデカップリングを全てのピークに対して行うのと同等であると考えて良い。

プロゲステロンの 1H-1H COSY (5) を例に、1H-1H COSY のスペクトルを見てみよう。

2 つの辺に 1H spectra がある。これらのピークの交点は、正方形のプロットで対角線を作り出す。図では右上から左下に対角線が引かれている。これらを 対角ピーク diagonal peak というが、この対角ピークにあまり価値はない。

対角線から外れたところに、対角線に対して対称なピークがいくつか見られる。これらを 交差ピーク cross peaks という。交差ピークは、カップリングしているピークの間に出る。したがって、1 次元 NMR の多数のピークのうち、どれがカップリングしているかがわかることになる。


試料に複数の分子が混じっているとき、1H-1H COSY をとることで、どれが単一の分子に由来するピークなのかを調べることも可能になる。

以下は 1H-1H COSY のパルスシークエンスである (4)。COSY には COSY-90 および COSY-45 という 2 つのよく使われるパルスシークエンスがある。


COSY-45 は diagonal peaks が目立たず、ゆえに cross peaks がより見やすくなる。一方で、COSY-90 の方が全体的な感度は高くなる。

2 次元 NMR では、three dimensional-diffusion-ordered NMR spectroscopy (DOSY) も非常に有効な手法である。DOSY では、定量性は失うものの、混合物から特定の分子のスペクトルを抽出できるようになる (6)。


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References

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  1. 田中 2009a. 核磁気共鳴(NMR)スペクトル講義資料. Pdf file.
  2. National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 2-20-2014. Link.
  3. 心から納得・理解できる MRI .

イラストを多用した,わかりやすい MRI と MRS の本。基本的に見開きの左が文章,右がイラストという構成。

MRS および MRS で検出できる代謝産物について詳しく解説している本は,日本語では少なく貴重である。NAA や クレアチンといった代謝産物の機能と測定法の概要が書かれている。

もう一つの特徴は,MRI 原理の説明に回転座標系が使われていないこと。そのため,他の教科書とはちょっと異なる説明の仕方になっている。MRI の原理を理解するのは難しいので,色々な方向から眺めてみるという点でもお勧めの一冊である。私が T1, T2 relaxation を理解できたのはこの本のおかげ。

実験書のページ に、その他の NMR 関係の本のレビューがあります。


  1. Amazon link: In Vivo NMR Spectroscopy: Principles and Techniques (English Edition)
  2. 13C-NMRスペクトルの見方. Link: Last access 2019/06/11.