福島で小児甲状腺がんは増えているのか (1)
被曝影響説と過剰診断説
- このページの概要
- 中立性について
- 論点 1: 小児甲状腺癌の「発見数」は増えている
- 論点 2: 「発見数」が増えている原因は何か
- 言葉の定義: スクリーニング効果と過剰診断
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このページの概要
いろいろな言説が飛び交っているこの問題に対して、私が調べた情報を整理したページです。まとめる過程で考えを整理できたので、今後情報を追加していこうとは考えていません。
以下のような点に注意してご覧下さい。
- データは最新でない可能性があります。Reference もネット記事が多いので、改善の余地が多分にあります。
- 私は生物学者ですが、疫学、放射線医学などの専門家ではありません。このページは、細かい分野は異なる専門家の見解として読んで下さい。
中立性について
このページを作ったきっかけは、以下のような言説を目にしたことでした。
- この問題には「科学的に」「客観的に」決着がついており、議論の余地はない。
- データを恣意的に選んではいけない。ここで主観が入らなければ、到達する結論は一つだけ。
これは科学に対する誤ったイメージの一つです。
データから「科学的に」結論を導く場合、最終的に「どのデータを妥当と考えるか」という判断が必要になることが多々あります。つまり、結論に自分の判断が入ることを避けらない場合が多いのです。
それゆえに、一般論として以下のようなことが言えます。
- データと意見 ("結論" を含む) を区別することは重要です。
- 科学者は、自分の意見が入っていることは断言しないものです。ゆえに "結論" は「... と考えられる」「... の可能性がある」など奥歯にものが挟まったような言い方になります。
- このあたりは 科学者の出す statement は robust でなければならない というタイトルでブログにも書きました。
言い方を変えれば、データと結論の間には飛躍があるのが普通であり、どの程度の飛躍を許容するかという点が (大体のコンセンサスはあるにせよ) 科学者によって異なっています。この違いが、しばしば議論の対象となるわけです。
たちが悪いのは
以下も同じようなことですが・・・
「都合のいいデータだけ使って結論を導くのはダメ」という反論もあるかもしれません。私は、これは程度の問題と考えています。
そもそも生命科学分野で見ることのできるデータ量は膨大で、探せば都合のいいデータも悪いデータも大概はみつかります。それらのデータに「信頼度」のような評価を下し、総合的に結論を導くわけですが、現在の科学では「信頼度」の決め方として確立された方法はありません。これも科学者の主観が入ります。つまり、誰だってある程度「都合のいい」方法をとっているのであり、それがやり過ぎかどうかが議論の対象になるのです。これが程度問題ということです。
これを正直に認めず、自分は中立な立場で結論を導いていると信じている人を、私は信頼することができません。
以上のように、このページの結論にも「私の主観」が入っています。もちろん、現在の科学の方法論に基づき、中立であろうとは努めていますが。私の結論が妥当であるかどうかを判断するのは、読者の皆様です。
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論点 1: 小児甲状腺がんの「発見数」は増えている
前置きが長くなりましたが、本論に入ります。
福島で小児甲状腺がんの「発見数」が増えていることは、かなり信頼性の高いデータとして得られています。資料は政府の公式報告です (1)。このページ にあった pdf ファイルで、他にも多数の調査報告書があります。
まずは判定基準を見てみましょう (1)。
A1 |
結節や嚢胞を認めなかったもの (1)。 つまり「正常、問題なし」ということ。 |
A2 |
5.0 mm 以下の結節や 20.0 mm 以下の嚢胞を認めたもの (1)。 小さなしこり等があるものの、二次検査の必要なしと判断されます。 |
B |
5.1 mm 以上の結節や 20.1 mm 以上の嚢胞を認めたもの (1)。 二次検査が推奨されるレベル。 |
C |
甲状腺の状態から判断して、直ちに二次検査を要するもの (1)。 直ちに二次検査を受けることが必要とされるレベル。 |
この報告書は、福島県と他県の比較を中心としたものなので、福島の詳細なデータは載っていません。別の資料を探したところ、福島県の公式サイトにデータがありました (2)。元のデータは年度や居住地域によって分けられていますが、H26 - H27 年度の合計は以下の通りです。
- 対象者 379,952 名
- 受診者 199,772 名 (対象者の 52.6 %)
- 結果判定数 182,547 名 (受信したけど判定されなかった人がいたようです)
- A1 - 74,985 名 (41.1 %)
- A2 - 106,079 名 (58.1 %)
- B - 1,483 名 (0.8 %)
- C - 0 名 (0%)
詳細は Reference 2 をご覧下さい。
二次検査を要する B および C 判定の 0.8 % という値が、これまでに言われてきた甲状腺がんの発症率に比べて高いのかどうか、というのがここでのポイントになります。
甲状腺がんは 100 万人に 1 ~ 2 人 (= 約 0000.1 %) と言われていたので (文献探し中)、0.8 % はかなり高いのですが、二次検査後に甲状腺がんと確定された子供のデータを使って考えることにしましょう。
2017 年 2 月 20 日の朝日新聞には、次のように書かれています。
福島県は20日、東京電力福島第一原発事故当時18歳以下だった約38万人を対象にした甲状腺検査で、昨年10~12月に新たに1人ががんの疑いとされ、計185人になったと発表した。手術を受けてがんが確定したのは計145人で、昨年12月末時点と変わらなかった。 |
これだと 145/380,000 なので約 0.03 % です。パーセントに直すまでもなく、
以上のことから、
追記
- 2017 年 6 月の時点で、甲状腺がん及び疑いの子供たちは 190 人になっています。153 人が手術を受けており、うち 150 人が乳頭がん、1 人が低分化がん、1 人がその他の甲状腺がん (5)。
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論点 2: 「発見数」が増えている原因は何か
ここまでは多くの人が認めるところであり、問題はこの「発見数」が増えている原因は何かということです。ここで「過剰診断」という言葉が登場してくるわけですが、まずは言葉を定義しておきましょう。
スクリーニング効果と過剰診断
ネットでみつけた、この話題に限定した場合の定義です (3,4)。Togetter は品位のないページが多くてあまり好きではないのですが、ここでは参考にして良いと思います。
スクリーニング効果 |
将来、臨床症状をもたらすがんを前倒しで見つけている、というニュアンス。 下記の過剰診断を含む概念。 |
過剰診断 |
将来、臨床症状をもたらさないがんを診断で見つけている、というニュアンス。いくつか定義を拾っておきます。@endo_noah さんのツイートが参考です。
|
将来的に臨床症状をもたらすかどうかを判断するのは難しいですが、検診を受けた群と受けない群を追跡調査し、死亡率の比較から、検診の有効性を backward で評価することができます。これもいずれ追加したいところです。
言葉の問題は置いておくとして、次のポイントは、「論点 1」小児甲状腺がんの増加が、被曝によるものなのか、広義のスクリーニング効果によるものなのか、という点です。
かなり長くなってしまったので、続きは 次のページ にしたいと思います。
- スクリーニング効果の大きさの問題
- 被曝量の問題
- チェルノブイリとの比較の問題
- 地域差の問題
- 2 巡目でも見つかった問題
などの項目を載せてあります。
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References
- 平成 25 年度 原子力災害影響調査等事業 (甲状腺結節性疾患追跡調査事業) 成果報告書. Pdf file: Last access 8/20/2017.
- 県民健康調査「甲状腺検査 (本格検査)」実施状況. Pdf file: Last access 8/20/2017.
- 「スクリーニング効果」と「過剰診断」の違いは? Link: Last access 8/20/2017.
- 服部美咲. 福島における甲状腺がんをめぐる議論を考える - 福島の子どもをほんとうに守るために Link: Last access 8/20/2017.
- 福島原発事故の真実と放射能健康被害 Link: Last access 8/23/2017.
Welch and Black, 2010a. Overdiagnosis in cancer. JBCI 120, 605-613.
コメント欄のアップデート前、このページには以下のようなコメントを頂いていました。ありがとうございました。
2018/06/13 09:09 興味深い考察です。最近はまた鼻血問題が再燃してますが、「鼻血は出ない」という断言と、かつての安全神話である「原発は事故らない」という断言がどう違うのかわかりません。後者は現実的に否定されたわけですから、前者に対しても慎重に対処するのが普通の反応だと思っています。管理人様もきっと同じようにお考えのことと思います。 |
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