福島で小児甲状腺がんは増えているのか (2)
被曝影響説と過剰診断説
- 前のページ の続きからです
- 論点 2: 「発見数」が増えている原因は何か
- 震災の前後での比較
- スクリーニング効果の大きさの問題
- 他の県との比較
- チェルノブイリとの比較
- 被曝量の問題
- 地域差の問題
- 2 巡目でも見つかった問題
- 男女比の問題
- 結論
広告
論点 2: 「発見数」が増えている原因は何か
検索から直接このページに来た方は、まず 前のページ をご覧下さい。
ここでは、福島で従来の常識よりも多数報告されている小児甲状腺がんの原因が、被曝であるかスクリーニング効果であるかについて考察します。スクリーニング効果という言葉は、全て「広義」の意味で使っています。最近では「過剰診断」という言葉の方が頻繁に使われているので、これに置き換えて読んで頂いて構いません。
ちょっとまだ完全に整理しきれていませんが、とりあえず公開します。
震災前後での比較
岡山大学の津田らが Epidemiology という雑誌に 2014 年に発表した論文 (2) が大きな議論のきっかけになったと理解しています。福島県からの公式発表を疫学的に解析した論文です。
この論文は統計、データ解析などに不備があるといって散々叩かれました (3-5)。私は疫学には詳しくないので判断できませんが、Reference 5 に示した 津田先生の批判への回答 を読むと、しょうもない批判にも真面目に対応されており、しっかりとした研究者のように見受けられます。
その後の状況を踏まえた
- この論文の妥当性は、私には判断できない。
- その後の数年間にわたる福島県の調査で、震災後に甲状腺がんの「発見数」が増えていることはほぼコンセンサスが得られた (前ページ 参照)。
- 批判する側は、最初は論文自体を否定しようとし、他のデータが蓄積してくるにつれてスクリーニング説にシフトしていったようにも見える。穿った見方ではあるけれど。
- つまり
スクリーニング効果説がメジャーになるきっかけ となる論文であったとも言える。
スクリーニング効果の大きさの問題
上記の津田らの論文を含め、よく問題になるのがスクリーニング効果の大きさです。病気は診断しないと見つからないので、スクリーニング効果というものがあること自体を否定する人はほとんどいないと思いますが、実際問題として甲状腺がんの発見率が何倍になるのかという点で議論が分かれています。
簡単にいうと、津田らは 20 - 50 倍に「発見数」が増えたと主張し (2)、この倍率はスクリーニング効果のみでは説明し難いと議論しています。前のページでも言及したデータと結論の関係ですね。
これを筆頭に、甲状腺がんで何倍程度までスクリーニング効果がみられるかという報告をまとめてみます。まだ原著はチェックしていません。福島の事故の前に行われた調査も含まれています。
論文の概要など |
文献 |
福島、20 - 50 倍になったとする報告。被曝した若年層が対象。 |
Tsuda et al. 2016. |
よく言及される韓国での研究。スクリーニング効果で 15 倍に。ただし成人を対象とした研究らしく、Tsuda et al. との比較はナンセンスという意見も。要原著チェック。 |
Ahn et al. 2014. |
その他 4 件。あとでちゃんと書きますが、とりあえずリンク先に「増加は 8 倍程度まで」というツイートがあります。 |
|
sivad さんのツイッターで紹介されていた 3 件。2002 年以前、約 1 万人 - 2 万 5 千人規模の調査で甲状腺がんの発見数はゼロ。 これも原著をチェック。 |
Shibata et al. 2001a. |
チェルノブイリ後に 4 万 7 千人の甲状腺エコー検査が行われ、甲状腺がんの報告はゼロ。これを信頼するなら、被曝のない状態では小児甲状腺がんはスクリーニングでは検出されないとさえ考えていいのかも。 |
この問題に対する現時点での
- 20 - 50 倍という値が妥当なら、スクリーニング効果で説明することは難しそうだ。
- 甲状腺の検査が患者の負担になるのはわかるけれど、継続した調査が必要。
- 以上のデータからだけでは、現時点で「スクリーニング効果に間違いない」という結論を出すのは難しい。
- 2018 年夏にも、ツイッターで応酬がされていますが、この「何倍程度になるのが妥当か」という論点が忘れられているような気がします。
あまり知られていないことですが、日本でも今回の事故の影響を調べることを目的とした調査が行われています。次はそのようなデータを見ていきましょう。
広告
他の県との比較
福島での事例がスクリーニング効果であるかどうかを検討するため、他の県でも調査が行われています。
平成 24 年度に青森、山梨、長崎で 18 歳以下を対象に行われた甲状腺超音波検査の報告書があります (1)。
スクリーニング効果説 |
被曝説 |
|
|
> せっかくなので、3 県の二次試験についてもう少し書いておきます (1)。
- 4,365 人中 B 判定が 44 人 (1 %)、C 判定はゼロ。44 人中 31 人が二次検査に応じた (かなり少ない割合と書かれている)。
- 二次検査でも悪性疾患が否定できず、細胞診を行ったのが 2 名。
- 1 名は甲状腺がんが強く疑われ、手術を受けた。つまり手術は 1/4365 = 0.022 %。
- 前のページ の新聞記事だと、福島で手術を受けたのは 145/380,000 人なので、割合としては 0.038 %。他の 3 県よりもやや高い。
重視するデータによって「甲状腺がんは増えていない」「増えている」「手術レベルのがん患者は増えている」など様々な結論を導くことが可能ですが、なにぶん母数の違いが大きいので、ここでも
関連メモ
- Lancet Correspondence (10)。2014 年。3 県のサンプル数が少ないので何も言えない。過剰診断のリスクを考え、他の県との比較ではなく、福島県内で地域ごとに比較すべきと主張。
広告
チェルノブイリとの比較
これから挙げる 3 項目 (チェルノブイリ、被曝量、地域差) は、私があまり信頼していない根拠です。これらのデータに基づくのではなく、
チェルノブイリは 1986 年の出来事で、少なくとも診断技術、人種が福島と違います。放射性物質の拡散の具合なども違うでしょう。診断技術はよくわかりませんが、30 年間変化していなかったらちょっと問題です。誰か詳しい方がいたら教えて下さい。
もちろん比較して何か知見を得ようとするのは良いことですが、「チェルノブイリと違うから、今回の甲状腺がんも被曝が原因ではない」というのは
被曝量の問題
同じような理由から、「被曝量が一定の値に達していないために、甲状腺がんの多発見は原発事故が原因ではない」とする主張も説得力がないと考えています。以下、理由を列挙します。
- 人体実験が倫理的にできないので、被曝とがんに関する現在の理解は、動物実験および非常に限られた事故のデータから得られたものです。広島・長崎のデータも使われているようです。今回の事故にどの程度まで過去の知見が適用できるのか、疑問が残ります。
- 被曝量の測定方法にも疑問が残ります。
- 放射線の影響に関して個人差がどれくらいあるのかわかりません。
- 被曝の影響に関係しますが、ホットパーティクルなどによる局所的な内部被曝の影響には、不明な点が多く残されていると思います。ホットパーティクルは放射性物質の粒です (7)。
甲状腺治療における被曝量との比較
「甲状腺を治療するときには、もっと高線量の放射性ヨウ素を使うが、甲状腺がんにはならない。それに比べれば福島の被曝量は微々たるもの」という言説もあります。これについては、日本甲状腺学会による バセドウ病 131I 内用療法の手引き (Pdf file; Reference 10 のブログで言及されていました) に以下のような記載があります。
- 実際に大量投与症例における甲状腺癌発生の報告例はない. その理由としては 131I 大量投与により残存甲状腺組織がより少量となり癌の発生母地が減少する ことによると考えられる.
- 今回の手引きでは、原則として 18 歳以下は禁忌とする立場をとった.実際に若年者に 131I 内用療法を行う場合は、甲状腺癌の発生の危険性を小さくするため、大量の放射性ヨードを用いるべきである.
つまり甲状腺治療では、あえて高線量の放射性ヨウ素を使うことで細胞を殺し、がんが発生しにくくなるようにしているのです。
地域差の問題
「原発事故が甲状腺がん多発見の原因なら、被曝量が多い地域で多くみられるはずだ」という主張もあります。Tsuda et al. 2014a でも地域差の解析をしており、これに対しても統計上の問題点を指摘する人がいます。
しかし、私は地域差のデータは科学的に強い証拠になり得ないのではないかと考えています。上記の理由がそのまま当てはまるほか、局所的に放射線量が高い
「福島の甲状腺検査の本格検査、地域間で悪性率に有意差。被曝推計量が高いほど悪性率が高い。」「科学」8月号 牧野先生。 pic.twitter.com/BDmLFQ3cKL
— sinwanohate・レイジ (@sinwanohate) August 19, 2017
こういうツイートもあるようです。
さらに、これには
2 巡目でも見つかった問題
福島原発事故の真実と放射能健康被害 というページ (8) に詳細なデータがあります。解釈も非常に詳しく書いてあるので、このページではまずリンク先のデータを簡単に紹介するということにしたいと思います。その後、新しい情報があれば独自に膨らませていきます。
前のページ で触れたように、福島では甲状腺がんの「発見数」が増えています。これが「発症数」が増えているのか、スクリーニング効果なのかというのがこのページの主な論点です。この項目では、福島県の検査について見てみます。
前のページでは詳しく書きませんでしたが、この検査は 3 回に分けて行われています (8)。人数は、それぞれの検査でみつかった甲状腺がん及び疑いの人数です。
- 先行検査その 1 (2011 - 2013): 115 人
- 本格検査その 1 (2014 - 2015): 71 人
- 本格検査その 2 (2016 - 2017): 4 人
私が問題だと思っているのは、本格検査その 1 および 2 で「甲状腺がんおよびその疑い」とされた 75 人は、
つまり、75 人の子供が数年の間に B 判定になってしまったということで、甲状腺がんが現在進行形で発生していることを示唆するデータではないかと思っています。
これはスクリーニング効果では説明できないので、この説を支持する人がどういう解釈をしているのか調べてみました。毎日新聞の記事 で見つけた説明は、「体の中でできては消える無害ながんをみつけている」・・・!?
ちょっとこれはないんじゃないかな、という印象です。そもそも 2 巡目で発見された子供達も手術を受けているわけで、これは単に「無害」と言いたいだけではないかと疑ってしまいます。
他の地域で 2 順目以降の検査をしたデータがおそらくないこともあり、私はこの現象に関するちゃんとした説明をまだ見たことがありません。
本格検査その 2 でもがんが発見されていますが、数は 4 人と大きく減っています。この数字に統計的な意味があるのかどうかわかりませんが、「できては消える無害ながん」があるなら、その発生数はこんなにばらつくのか? という疑問も生じます。「被曝の影響が徐々に弱まっている」と考えた方が、筋が通るように思います。
2018/02/05 追記
検索すると 福島県の甲状腺がん検診の2巡目の数字から言えることと言えないこと というページがヒットしますが、このページは 2 巡目の検査についてよくある過剰診断論を主張しているだけで、1 巡目で問題なしだったグループで短期間のうちにがんが見られるようになってしまった点を考察していません。タイトルがミスリーディングなので注意。
2019/07/04 追記
この「できては消える無害ながん」というのは、大阪大学の高野徹氏らによる「芽細胞発癌説」というものに根拠があるようです。高野氏は有名な過剰診断論者の一人です。これは世界で一つのグループのみが主張している説にすぎないという論説をどこかで見たことがあり、本当ならかなり注意を払って検討すべきでしょう。これもいずれ更新。
男女比の問題
これも文献を探してアップデートしたいところですが、甲状腺がんはもともと女性に多く、男性 : 女性 = 1 : 3 ぐらいになるようです。Reference 9 に NCBI へのリンクがあります。
福島県からの報告例では、男女比がほぼ 1 : 1 となっているようで、自然発生以外の要因が存在することを示唆します。過剰診断説によるこの現象の合理的な解釈は、まだ見たことがありません。
結論
安全を唱えて「被災者の不安を取り除くこと」の意義を主張する人もいるようです。しかしそれは過剰診断説に十分な根拠があってこそ意義のあることで、前提が誤っている場合、それは一億総白痴化のためのプロパガンダに過ぎません。
ここまで読んでいただいた皆様は、過剰診断説に十分な根拠があると思ったでしょうか? 私の立場をまとめてみます。
- スクリーニング効果の大きさの問題は、やや被曝説よりです。とくに、過剰診断説を唱える人の口調が非常に断定的であることが、この説の信頼性を低下させています。
- チェルノブイリとの比較については、被曝説および過剰診断説とも根拠に用いていますが、私はこの比較は参考程度にして、現在の疫学データを中心にした議論をすべきだと思います。
- 被曝量 (= 地域性) の問題は、ヒトで被曝量と発ガン率の関係でも論争があり、個人レベルで被曝量を厳密に測定する手段がない以上、土台のしっかしりた議論ができる余地がないと思います。
- 2 巡目の検査で甲状腺がんが多数発見された点、男女比が従来の報告と異なる点を、過剰診断説で合理的に説明することは難しいと思います。
この問題は、過去のデータとの比較から安易に「過剰診断」という結論を出すべきではありません。はっきりした結論が出せないときは、安全寄りの対応策を採るべきです。私たちは福島でいま観察されていることを真摯に受け止め、被曝した人々の健康を守ることを第一に行動すべきであると思います。
現実的な案としては、がんと診断された人々への賠償です。過剰診断による被害を主張する人々もいるようですが、仮に被曝影響がなかったとしても、これは原発事故による二次的被害なわけです。効果が疑問視されているなどに回している予算などを中心にお金の使い方を再検討し、賠償に使うべきでしょう。
広告
References
- 平成 25 年度 原子力災害影響調査等事業 (甲状腺結節性疾患追跡調査事業) 成果報告書. Pdf file: Last access 8/20/2017.
Tsuda et al. 2016a. Thyroid cancer detection by ultrasound among residents ages 18 years and younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014. Epidemiology 27, 316-322.- EARL の医学ノート. Link: Last access 8/20/2017.
- 論文読者に対する津田敏秀氏の反論への皆さんの反応. Link: Last access 8/20/2017.
- 岡山大学チーム原著論文に対する医師らの指摘・批判への、津田敏秀氏による回答集. Link: Last access 8/20/2017.
Ahn et al. 2014a. Korea's thyroid-cancer "epidemic" - Screening and overdiagnosis. N Engl J Med 2014; 371, 1765-1767.Adachi et al. 2013a. Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident. Sci Rep 3, 2554.- 福島原発事故の真実と放射能健康被害 Link: Last access 8/23/2017.
- 県民健康調査で語られる「男女比」について Link: Last access 8/23/2017.
- 福島の甲状腺検査で過剰診断論が退けられた理由. 赤の女王とお茶を. Link: Last access 8/28/2017.
コメント欄
サーバー移転のため、コメント欄は一時閉鎖中です。サイドバーから「管理人への質問」へどうぞ。
以下のコメントを 2019/8/12 に頂いていましたが、URL が入っていたのでエラーになっていました。ここに記載しておきます。ありがとうございました。
診断技術に関してはsivadさんのブログでも触れられていますが、福島の検査で見つかっているサイズ、状態のがんがチェルノブイリ事故当時でも見つかるかどうかを考えればよいと思います。福島での手術基準は1cm以上または転移浸潤があるもの。チェルノブイリでも5mm程度で転移のあるがんが多いことが報告されており、診断技術の向上により見つかっている、というのは難しいことがわかります。 https://sivad.hatenablog.com/entry/2019/06/30/205434 |
アップデート前、このページには以下のようなコメントを頂いていました。ありがとうございました。
2018/03/11 20:38 ガンの発症は確率的な要素は必ずあります。でも数がおおくなっていることは事実なので、事故の影響があると考える方が自然ですよね。 |