核磁気共鳴 NMR: 原理、用語集、実際の分析など

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2018/08/11 更新

このページの目次

リンクはその用語・項目の詳しい説明のページに飛びます。NMR の目次 も参考にして下さい。

  1. 最も単純な説明
  2. 少し長い説明
  3. 詳しい説明

基本用語集

  1. 磁性核
  2. 原子核のスピンと周波数
  3. Carrier frequency
  4. 化学シフト
  5. パルスシークエンス
  6. ロック
  7. シム
  8. 重溶媒
  9. プローブ
  10. クエンチング

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概要: NMR とは

最も単純な説明

Nuclear magnetic resonance (NMR) は、本来は核磁気共鳴という物理的な現象を示す言葉である (4)。

転じて NMR 分光法、そのスペクトル、または分光装置自身を示す言葉としても使われる。なお、分光法とは電磁波の放出または吸収を測定する実験のことで、言葉のイメージが示すような可視光の分析法のみが含まれるわけではない。

最もシンプルに説明すると、次のようなステップで核磁気共鳴を引き起こし、原子から情報を得る。

  1. 磁性核を静的磁場の中に置くとスピンの方向が揃う。
  2. これに一定の周波数の電磁波を照射すると、磁性核と電磁波の相互作用が起こり、スピンの向きが変化する。この相互作用を核磁気共鳴という。
  3. NMR が起こる際の周波数から、原子の状態 (物質の構造などと関係する) に関する情報を得ることができる。

少し長い説明

静的磁場の中にある磁性核は、2 つのスピン状態をとることができる。磁場と並行または逆並行な向きのスピンで、それぞれ α および β と表現されることもある。β の方が少しだけエネルギー状態が高い。

磁場と平行な向きの磁性核と、逆平行な向きの磁性核のエネルギーの差 dE は、ボーアの関係式によって相当する周波数の電磁波と結びつけることができる。

ΔE = hv

h はプランク定数、ν は周波数である。なお、静的磁場の強さは通常 B0 で表される。

磁場の中にある磁性核に、ちょうど周波数 v の電磁波を照射すると、磁場と平行な向きの磁性核 (α、低エネルギー状態 )のいくつかがこの電磁波を吸収し、磁場と逆平行な向き (β、高エネルギー状態 )になる。

同時に、逆の反応も起こる。すなわち、磁場と逆平行な向きの磁性核のいくつかは、磁場と平行な向きに変化する。これらの変化を 核磁気共鳴 (NMR; nuclear magnetic resonance) という。「どの周波数で核磁気共鳴が起こるか」が、原子の状態を表すデータとなる。

このように「ある特定の周波数を照射したときにみられるエネルギーの吸収」を検出、記録するのが NMR 装置である。

  • ただし、実際に照射する電磁波の減衰を測定しているわけではない。
  • 心から納得・理解できるMRI原理とMRS (Amazon link) では、励起された原子核に大きな磁場変化が起こり、これによって発生する電磁波を測定している。
  • 励起された原子核は徐々にもとに戻るので、この電磁波も徐々に減衰する。これが free induction decay である。
  • このページ では "The return of magnetic moments to equilibrium results in an exponential damping of the sinusoidal NMR signal called free-induction decay" と書かれており、平衡状態に戻るときに FID が検出されると書いてある。
  • このページ によると、オシロスコープを使って検出しており、磁性核が共鳴周波数の電磁波を「吸収」した際に生じるスピンの変化を FID として検出しているというニュアンスで書かれている。FID の decay でない初期状態と考えれば、同じことを言っていると解釈できる。

周波数 ν の電磁波を照射することを考えると、一体どの周波数を当てればよいのか? という問題が出てくる。これを解決するのがパルスシークエンス pulse sequence である。これによって、複数の周波数の電磁波を一辺に照射することができる (5)。用語集の「パルスシークエンス」を参照のこと。


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NMR の基本用語集

磁性核

磁気モーメントをもっている核のことを 磁性核 magnetic nucleus という。よく観測対象になるものとして、1H, 13C, 14N, 15N, 17O, 19F, 31P などが挙げられる。

各文献の磁性核に関する記述は以下のとおり。

  • 磁性核は電荷をもっていて、コマのように回転しているような性質を示す (1)。
  • 磁場の中で棒磁石のようにふるまう。コンパスの針のように磁場と同じ向きに配向するとも言える (1)。ただし、棒磁石とは異なり量子力学的な制限があるため、磁場と平行 or 逆平行な向きのみが可能。
  • 磁性核のエネルギー状態は、磁場と平行な向きのときに低い (1)。

原子核のスピンと周波数

原子核は一定の速度で自転しながら歳差運動をしている。磁場が強いほど、歳差運動はそれに比例して早くなる。

この歳差運動は磁石の回転であるため、近傍にコイルを置いて交流電流の電磁波として捉えることが可能である。


  • 1.5 T の磁場では、水素原子核は約 64 MHz の信号を出す。
  • これは原子核が 1 秒間に約 64 M 回転していることを意味する。

英語だが、原子核のスピンに関するシミュレーターを紹介した Youtube を載せておく。



Carrier fresuency

核磁気共鳴を引き起こすために 照射する電磁波の周波数を carrier frequency という。 単位は Hz (cycle per second) である。

Carrier frequency は磁場によって異なる。磁場が 2.35 T のとき、1H の carrier frequency は約 100 MHz である (7)。磁場が 11.7 T のとき、1H の carrier frequency は約 500 MHz、13C では約 126 MHzである。以下、主な核の carrier frequency を表にまとめておく (7)。

原子核 磁場 2.5 T での carrier frequency (MHz)
1H 100
2H 15.351
13C 25.145
14N 7.228
15N 10.137
31P 40.481
39K 4.672

化学シフト: Chemical shift

NMR 現象が観察される周波数を、共鳴周波数 resonance frequency またはラーモア周波数 Larmor frequency という。共鳴周波数は原子の種類および磁場によって定まる値であるが、その 原子が置かれている環境で微妙に値が変わる

この共鳴周波数のずれを 化学シフト chemical shift といい、NMR での分子の同定に使われる。通常の場合、NMR のクロマトグラムの横軸が化学シフトである。

詳細は 化学シフトのページ を参照のこと。


パルスシークエンス

これまでにみてきたように、特定の周波数の電磁波を照射すると、それが磁性核に吸収され核磁気共鳴を引き起こす。しかし、その周波数は磁性核の状況によって異なるため、様々な周波数の電磁波をサンプルに照射しないといけないことになる。

また、共鳴周波数は外部磁場にも左右されるので、測定中に磁場がずれると、結果は滅茶苦茶になってしまうだろう。したがって、外部磁場を固定しつつ、照射する電磁波の周波数を連続的に変化させる必要がある。これを sweep といい、かつての NMR はこの方法を取っていたため continuous wave NMR (CW-NMR) と呼ばれた (1)。

なお、周波数を一定にしつつ磁場を変化させる方法もあった。

CW-NMR には、以下のような問題点があった。

  • 周波数を変えていくので時間がかかる。
  • 周波数が本当に「連続的」でないと、共鳴周波数を見逃す恐れがある。

これらの問題点を解決したのが パルスシークエンス法 である (1)。この方法では、「パルスの時間が短いと、パルスに含まれるエネルギーの幅が広がる (時間とエネルギーの幅を同時に小さくすることはできない)」という不確定性原理 uncertainty principle を応用している。

すなわち、様々な波長の電磁波を含むパルスを短時間 (ms or µs 単位) 照射し、多くの核を一斉に励起する。ただし、この場合 NMR シグナルは多くの核からのシグナルの和になるため、フーリエ変換によってスペクトルを解析する必要がある。詳細は フーリエ変換 NMR を参照のこと。



よく使われるパルスシークエンスを表にしておく。zg のように基本になるパルスシークエンスを記載し、関係するものを右の欄で述べている。

Sequence 特徴など

zg

シンプルな 1H NMR のプログラム。

zgpr, zgcppr はともに water suppression の入ったプログラムで、後者の方がより水からのシグナルを抑制できる。水に近いケミカルシフトをもつ分子の観察に適している。Ref.


周波数ロック: Lock

化学シフトの位置を正確に測定するためには、スペクトルを測定する間、磁場強度と電磁波の周波数を一定に保っておかねばならない。この原子核を指定する作業 を ロック lock という。一般的には、重水素 D に対して行われることが多い。

詳細は Lock のページ を参照のこと。


シム: Shim

明瞭なシグナルを得るためには、磁場の均一性は非常に重要である。NMR には通常複数のコイルがあり、それらに流れている電流を微調整して磁場を均一にする。

このコイル自身、または磁場を均一にする作業のことを シム shim という。詳細は shim のページ に。


重溶媒

重溶媒 deuterated solvent とは、溶媒分子中の水素原子 H の一部または全部を重水素 D に置き換えた溶媒のことである。重水素化溶媒と呼ばれることもある。

1H-NMR では、試料を溶媒に溶かしてガラスチューブに入れ NMR スペクトルを取る。この際、溶媒が水素原子を含んでいると、非常に大きな溶媒のピークが見えてしまい、試料のピークが隠れてしまうことがある。

そのため、重溶媒を使ってこのピークをできるだけ小さくする方法がとられる。 酸化重水素 D2O がよく用いられる。


プローブ

プローブ probe とは、核を励起したり NMR シグナルを実際に受け取ったりする NMR 分光計の重要な部分である (1,8)。磁場の中心部に置かれ、サンプルチューブはプローブの中に挿入される。

プローブは、少なくとも 1 つの radiofrequency (RF) coil を含む。核によって carrier frequency が異なるため、原則的には 1 つの核に対して 1 つのコイル、すなわち 1 つのプローブを使って実験をすることになる。ただし、現在では 広い範囲の周波数を出す broadband コイル が使われることが多い。

  • 多くのプローブは 2 つのコイルをもっている。サンプルに近い方の inner coil と遠い outer coil である。どのコイルをどう配置するかによって、様々なプローブがデザインできることになる。
  • 一般に 13C NMR や 31P NMR は 1 H NMR に比べて感度が低いので、ブロードバンドコイルを内側に、1H のためのコイルを外側に配置することが多い。
  • 定量 1H NMR をメインにする場合、1H の感度を上げたいので、1H を観測できるコイルをサンプルに近い内側に配置する。

クエンチング

NMR は、液体窒素と液体ヘリウムを用いてメインのコイルを冷却し、そこに大きな電流を流すことによって磁場を作っている。電流は超電導によって流れ続ける。

何らかの原因によってこの超電導が消失すると、NMR は クエンチ quenching という状態になる。これは以下のような現象を伴う。

  • 急激な液体窒素および液体ヘリウムの蒸発。窒息の危険があるため、NMR を設置する部屋の換気や空調は慎重にチェックしなければならない。
  • 本体が動く可能性がある。コイルが中で暴れるため。

物理的ショック、装置の劣化、操作ミスなどがクエンチングの原因となりうる。

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References

  1. Amazon link: ケンプ 1988a. 化学・生化学・薬学・医学のためのやさしい最新のNMR入門.
  2. 今西ほか (2009a). 心から納得・理解できる MRI 原理と MRS.

実験書のページ に、その他の NMR 関係の本のレビューがあります。

  1. 上智大学理工学部物理学科学部三年生用学生実験テキスト.
  2. 田中 2009a. 核磁気共鳴 (NMR) スペクトル講義資料. Pdf file.
  3. ゼロからわかる NMR 講座. Link.
  4. Niita ed. 2009a (Book). Complex-Valued Neural Networks: Utilizing High-Dimensional Parameters.
  5. de Graaf 2007 (Book). In vivo NMR spectroscopy, 2nd edition.
  6. What is a probe? コロラド大学ウェブサイト. Link.
  7. By Jxev\tr - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link