天孫降臨神話

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このページの最終更新日: 2024/07/13

  1. 概要: 天孫降臨神話とは
  2. 天孫降臨を命じた神は誰か

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概要: 天孫降臨神話とは

天孫降臨神話とは、天皇家の先祖が日本を治めるために天降ってきたという日本神話である。古事記、日本書紀に記載されているが、合計で 6 つの異伝があり (1)、細部は異なっている。神話の主要なポイントは以下の通り。

  • タカミムスヒ and/or アマテラスの意向によって、ニニギノミコトが天降った。
  • ニニギノミコトはアマテラスの孫である。最初はアマテラスの子のアメノオシホミミが天降る予定であったが、孫が生まれたのでニニギノミコトに変更になった。
  • 場所は、高天原から葦原の中津国。中津国の平定が終わったために天降ることになった。この平定とは、オオクニヌシによる国譲りである。
  • 日本書紀の神武紀に、「天孫が降臨されてから、179万2,470余年」という神武天皇の言葉がある。これは紀元前 667 年の言葉であり、この記述をそのまま受け取るなら、天孫降臨は約 180 万年前の出来事である。
  • ニニギノミコトは、神武天皇の曾祖父である。これは神話であるが、原型となるような出来事があったとするならば、弥生時代の 4 - 5 世紀ごろの出来事と推察される。
  • のちに神武天皇はよい土地を求めて東征し、大和の橿原を王都として建国する。

このページでは、現在のところ溝口睦子著 アマテラスの誕生 (Amazon link) の内容についてまとめている。まだあまり整理されていないが、情報を追加して、天孫降臨神話全般のページにしていく予定。

天孫降臨を命じた神は誰か

一般に知られている天皇の祖先 (皇祖神) は太陽の女神アマテラスであり、第二次世界大戦後に日本国憲法が公布されるまでは、この神が国家神として国家権力を支えてきた。

ところが、実際に古事記・日本書紀の記述を見てみると、タカミムスヒという神が国家神としてアマテラスと同等以上の扱いを受けている。この本では、アマテラスは土着神であるが、タカミムスヒは外来神で、日本が政治的にも文化的にも揺れ動いていた 5 - 7 世紀あたりで、国家神が移り変わったとしている。

古い伝承ではタカミムスヒ、新しい伝承ではアマテラス。これにはほとんど異論がない (1)。主神の転換は、7 世紀末から 8 世紀はじめと考えられている (1)。4 - 5 世紀に天孫降臨神話が導入され、それが時代の流れとともに変化していった。

イザナギ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、オオクニヌシなどはみな血縁関係で結ばれているが、天孫降臨を命じたほどの重要な神であるタカミムスヒは、これらから孤立している。このことも、タカミムスヒが外来神であることを示唆する (1)。

4 - 5 世紀の東アジア情勢

中国は動乱の時代である。魏・呉・蜀の三国並立から西晋が成立するが、これが 4 世紀初頭に南匈奴によって滅ぼされ、439 年の北魏による統一まで、約 130 年にわたって五胡十六国と呼ばれる動乱の時代が続いた。

朝鮮半島には、現在の中国に近い位置に高句麗、南に新羅と百済があった。これは三国時代と呼ばれ、4 - 7 世紀ごろである。五胡十六国の動乱によって、中国王朝の朝鮮半島に対する支配は弱まり、高句麗が南方へ勢力を伸ばした。百済は 369 年ごろから倭と親密な同盟関係にあり、好太王碑文によると 400 年ごろに高句麗と倭の間に大規模な戦闘があった。

五世紀ごろの朝鮮半島の地図

五世紀ごろの朝鮮半島の地図 (2)

倭が朝鮮半島との交流を必要としていた理由は、多くの先進文化もあったが、鉄の確保が第一の理由だった (1)。5 世紀の後半に入らないと、日本列島内での製鉄は行われなかったようである。

倭と高句麗の敵対関係は、上述の好太王碑文のほか、倭王武 (雄略天皇と比定されている) から宋の皇帝への上表文でも明らかである (1)。これは「宋書 東夷伝」に載せられており、大部分が高句麗の問題で占められている。

倭の政権内でも、4 世紀末から 5 世紀初頭にかけて、大きな変動があった (1)。詳細については諸説あるものの、副葬品の変化、王墓の奈良盆地から大阪平野への移動、応神天皇の王朝交代説など。

ただし、このころの倭はまだ豪族連合の状態であって、ここから中央集権国家への道を歩み始めるには、新しい政治思想が必要であった。これが天孫降臨神話が導入された背景である。さらに 7 - 8 世紀ごろに、天孫降臨神話の主神がタカミムスヒからアマテラスに変化したというのが、文献 1 の主張である。

他の建国神話との類似性

天孫降臨神話は、北方ユーラシア遊牧民の建国神話と類似しており、これらが高句麗・百済の神話を経て 4 - 5 世紀の文化流入と同時期に日本にやってきて確立されたという説がある (1)。国譲りとは本来は関係なく、また天孫を降臨させるのがタカミムスヒなのが原初の形、アマテラスなのが後期の形である。両者が共演する過渡期もある。

これらは中国王朝の古代神話とは異なるものと考えられる (1)。根拠の第一は、「天」と「太陽」または「日月」の同一視である。天孫降臨系の神話ではこれらを同一視するが、中国神話では「天」は特別であり、日月とは置換不可能である。

第二は鍛冶伝承で、たとえば 6 - 7 世紀の突厥の王の先祖は鍛冶屋である。タカミムスヒは「天」に相当し、これが日月の親であること、また「天地を鎔造した」とされる。さらに、中国神話では「天」と支配者の間に血縁関係がないのに対し、天孫降臨系の神話では、支配者は天から天降ってきている。以上から、天孫降臨神話の原型には北方ユーラシアの神話と考えられる。

タカミムスヒは太陽神である。日祀部 (ひまつりべ) という六世紀後半に設置された皇室直属の組織があるが、その太陽神が誰であるかは明確でなかった。アマテラスでないことは岡田精司氏の研究によって明らかになっている。タカミムスヒが太陽神であれば、この部署の意義も説明される。


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記紀神話の構造

4 世紀以前の日本にはまだ文字が存在せず、中国文献 (魏志倭人伝) および記紀に記載された神話がほぼ唯一の資料である。記紀の成立は 7 世紀であるため、これから 4 世紀以前の文化を推察しようとする試みには批判も多いが、不可知論に陥らず、できるだけ正確にこれが行えるように努力すべきである (1)。

日本書紀では、明確な二元構造がある。「神代 上」の巻はイザナミ、イザナギの国産みからオオクニヌシまで、「神代 下」は天孫降臨神話。この 2 つが、下巻のはじめに置かれた国譲り神話によって結び付けられている形である。文献 1 では、上巻は日本の土着神話を集めたもの、下巻は北方ユーラシアの神話を中央集権国家確立の助けにするために取り入れたものと述べている。

イザナギ、イザナミ系神話が日本にもともとあった文化を表した神話であり、南方にルーツをもつと考えられる (1)。南方とは中国江南、東南アジア、東インド、インドネシア、ニューギニアあたり。多神教的な世界観と、海洋との深いつながりを特徴とする。

イザナギ、イザナミが最後に産んだ重要な子供がアマテラス、スサノオ、ツクヨミ。オオクニヌシはスサノオの子孫。スサノオは天岩屋神話のあとに地上に追放され、ヤマタノオロチを退治する。スサノオの子供または子孫がオオクニヌシである。

天岩屋神話。この前に書かれている「ウケヒ神話」で勝利したスサノオは、調子に乗って天上界でやりたい放題の乱暴を働く。はじめはこれを庇っていたアマテラスだったが、やがてスサノオに恐れをなし、天岩屋に閉じこもってしまう。世界が暗黒に包まれてしまったため、八百万の神々は、アマテラスに岩屋から出てきてもらおうと、様々な策を練る。「トコヨの長鳴き鳥」を何羽もつれてきて鳴かせたり、アメノウズメを躍らせたりして、ようやくアマテラスが岩屋から出てきて、世界は明るさを取り戻した。

この話を、アマテラスが最高神として確立されたものと見る説もあるが、文献 1 では、この神話におけるアマテラスは極めて受動的で、世界秩序の体現者としての最高神のようには見えないとする。世界を照らす太陽神ではあるが、秩序の体現者としての絶対神ではない。北方系の神話では、太陽神が絶対神であり、このアマテラスの姿とは相いれない。

文献 1 では、高天原神話の中心はアマテラスでなくスサノオだったと考える。登場するやいなや泣きわめいて世界に災いをもたらしたという規格外れのパワー、自分の毛からスギなどの人間に有用な木を与えたという文化英雄的な伝承、67 もの神の先祖であることなど。インド神話のインドラに似た、「善悪未分の、宇宙的スケールの英雄神」として捉えられる。

このようなイザナギ・イザナミ系の神話は、 5 - 7 世紀のヤマト王権時代に、土着の神話を地方豪族が編成してできたものと考えている。アマテラスは多くの神々の中の一人である。中心はむしろスサノオであり、4 世紀より前ではオオクニヌシであった。

これが 5 - 7 世紀に北方系の神話を取り入れてタカミムスヒが最高神となり、アマテラスを最高神とする考え方は、8 世紀の律令制以降に作られた。

天孫降臨の前に、タカミムスヒは地上の王であるオオクニヌシと交渉して、地上の支配権を得る。これが国譲り神話である。ところが、実際にニニギノミコトが天降ったのは、オオクニヌシと関係のない九州であり、そこから子孫が長い時間をかけて東征をして、大和にたどり着く。天孫降臨から神武東征のあいだ、オオクニヌシには全く触れられないらしい (1)。国譲りは何だったのかという疑問が生じる。

文献 1 では、この矛盾も記紀神話の歴史に由来すると考える。つまり、もともと日本土着の神として圧倒的な量の記録をもつオオクニヌシがいた。これに、北方系の建国神話が導入され、両者を繋げるために「国譲り」が創作されたが、細部でのつじつま合わせができなかった。


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References

  1. 溝口睦子著 アマテラスの誕生 (Amazon link) 岩波新書 2009.
  2. CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=103563746

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