実験室が飲食禁止の理由
UBC/experiments/safety/eating_in_lab
このページの最終更新日: 2024/02/14- 概要
- 「食」の場合
- ヒトの健康への影響
- 実験環境への影響
- 「飲」の場合
- 結論
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概要
バイオ系の実験室では、飲食が禁止されている。この理由について「法律だから」とか「教師に対して失礼」とか言ってしまうのは簡単だが、どれぐらい合理的に説明できるだろうか?
たとえば、実験室内に持ち込んだペットボトルから一口水を飲むことはダメで、ドアから一歩出たところで水を飲むのは OK というのは合理的か?
ガムを口から出さずに噛んでいるときに、安全上の問題点はあるのか?
このページでは、実験室における「飲食禁止」を、社会的・教育的観点からではなく、純粋に risk と benefit (利益) の関係からどれだけ説明できるのかを考えてみる。
リスク |
大きく以下の 2 つに分ける。
|
利益 |
一服するのに外に出る必要がない、コーヒーで眠気覚まし、ガムで集中力持続など。実験者のコンディションの維持や精神的満足度と、それに伴う実験の成功が benefit と考えられる。 |
以下のような
- 実験室の空気中には微量の有害薬品が存在する。
- 空気呼吸ならば、その薬品によるリスクよりも実験によって得られる利益の方が大きい。そうでなければ、そもそも実験をしないので。
- 実験室には自分のみ。周りの人の迷惑は考慮の対象にならない。
ポイントは、飲食によってこの risk < benefit の構図が逆転するかどうか。
「食」の場合
ヒトの健康への影響
- 実験室の機器、机などに薬品が付着していると、それを触ったときに手につく。サンドイッチなど直接手で触って食べるものは、有害物質を体内に持ち込んでしまう可能性が高い。
- 直接手で食品を触らない場合でも、食品は揮発性の物質を吸着する (1)。空気中に有害物質があると想定される場合、「食」によって濃縮される可能性が高い。
したがって
このことから、次のような禁止事項も導かれる。
- 中で食べなくても、実験室に飲食物を保管してはいけない。とくに、有機溶媒はプラスチックの包装を貫通する。
- 実験室外に試薬を保管してはいけない。
- 実験室内で触ったものを持ち出すのは基本的にダメ。白衣を着る理由でもある。
では、持ち込んだ食べ物を、手で触らずに直ちに食べることにはどういうリスクがあるだろうか?
実例としては、箸で食べる 牛丼、カロリーメイト など (リンクは Amazon)。容器などは実験室外に持ち出さず、中のゴミ箱に捨てる。この場合は、実験室の環境への影響の方が大きいと思う。
実験室の環境への影響
牛丼を食べるのに必要な時間は人それぞれだと思うが、仮に 10 分として、その間に空気中の有害物質が十分に牛丼に濃縮されるかというと、感覚的に答えは No だろう。
この場合にむしろ問題となるのは、牛丼やカロリーメイトの spill out だと思う。つゆだくの場合は言うまでもなく、たとえつゆぎりで注文していたとしても、食べることによって実験室に牛丼成分が持ち込まれる可能性は高い。これはバクテリアの繁殖などの原因になる。カロリーメイトでも同様だ。
実験室に入る前に 10 分で牛丼を食べることはそれほど難しくない。ゆえに、この場合も利益よりもリスクの方が大きいと判断して良いと思う。
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では、無臭のガムを実験室外で口の中に入れ、それを噛みながら実験していたらどうか? 私は、これはリスクと利益が釣り合ってしまうレベルのケースであると考える。次のような点が考慮の対象になるだろう。
- ガムは集中力を高める。
- 口を開けてクチャクチャしているのは他人から見て不快だが、今回は「実験室に一人」という前提で考えている。しかし唾が飛ぶのでこれもダメ。
自分一人で、口を閉じてガムを噛みながら実験することに、私は健康および環境上の問題点を見つけることができなかった。
「飲」の場合
すでにある程度ポイントを絞ってきているので、「問題なさそうな場合」から始めていいだろう。
無臭のミネラルウォーターのペットボトルを持ち込み、実験室内で飲む。口をつける部分には空気しか触れない。飲み終わったペットボトルは実験室内のゴミ箱に捨てる。Spill out の可能性は非常に低い。 |
この場合も、禁止されるほどのリスクがあるようには思えない。
結論
以上のように、個人レベルで見た場合、実験室で飲食を全面的に禁止することに私が納得できる理由はみつからなかった。
私は、このルールは社会的な理由に基づいて定められていると考えている。すなわち、
- 個別の事例について risk と benefit を検討し、状況に応じて「許可」「禁止」を決めることに膨大なコスト (主に監督者の時間) がかかる。
- たとえば、このページで考えたことを明文化するなら「飲食は禁止、ただし無臭のガム (もしくは口内に入れてから十分に時間が経過し、無臭となったガム) は OK、しかしガムの場合でも口を開けて噛むのはダメ」という何重もの例外規定を作らなければならない。
- このようなコストを risk の一部と考えた場合、risk と benefit の関係が逆転し、飲食の全面禁止が合理的なルールとなる。
ということだ。
別の言葉で表現すれば、飲食禁止は
他の法律の場合と全く一緒である。車を運転する場合には、制限速度より 30 km/h オーバーで安全に走れる人もいれば、制限速度以下でも危険な運転しかできない人もいるだろう。彼らに対して個別に制限速度を定めるのは現実的ではない。前者は、後者のために多少の不利益を被っている。
たぶん今まで引っかかっていたのは、「飲食禁止 = 実験者の安全確保」という論調が強すぎることだったのだと思う。「お前のためだ!」と言われると、「本当にそうか?」と疑いたくなる。実際に、個人の安全性を理由として飲食を全面禁止するのは論理的に無理があった。
このルールは、基本的に監督者が効率よく安全を確保するためのものである。私の場合は、こう考えた方が飲食禁止のルールを受け入れやすい。
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References
- 部屋に置いていたチョコクッキーが殺人クッキーに!? 実験室での飲食禁止の理由がよくわかるお話. Link: Last access 9/13/2017.