CRISPR/Cas9: 倫理的な問題

experiments/dna/crispr_ethics
9-8-2017 updated


  1. 概要: 何が問題なのか
    • 標的細胞と目的
  2. 推進派の意見
  3. 否定派の意見

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概要: 何が問題なのか

CRISPR/cas9 を利用することでヒト DNA を簡単に編集できるようになったため、倫理上の議論が活発に行われている。問題点は 簡単に germline cell に変異を導入できること である。

つまり、実験によって導入された変異がそのまま次の世代に伝わってしまうことである。これは恒久的にヒトの遺伝子を変えてしまえること、と言ってもよいし、ヒトで 植物のように GMO を作る ことができてしまうことと言ってもよい。

この問題点は TALEN や ZFN といった古いゲノム編集技術でも同じであるが、CRISPR/Cas9 の簡便性から、この方法が開発されてからとくに活発に議論されるようになった。これに加え、2015 年には中国の研究者がフライング的にヒト胚で CRISPR/Cas9 を使用したという論文を発表したため、この問題はさらに注目されるようになっている。

有識者が集まった Napa meeting という会議が 2015 年 1 月にカリフォルニアで開催されている。この会議の 4 点の結論 (5) が非常にリーズナブルに思える。

  1. 現時点では germ line cell のゲノム編集はやめるべき。Somatic cell で十分。
  2. フォーラムを作り、きちんとした情報と教育を提供する。
  3. ヒトおよび動物を用いて、透明性の高い研究を行う。
  4. 研究者、倫理学者、法律家、一般の人 public などから成る公的な機関を作ってさらに検討。

標的細胞と目的

簡単に germline cell の DNA 配列を書き換えられるゲノム編集技術、とくに CRISPR/Cas9 について、標的細胞と目的を明確にしてもう少し説明する。

Germline のゲノム編集にはいくつか方法があるが、胚 embryo を使うのが主流なようである (7)。


標的
体細胞

変異は次世代には伝わらない。

たとえばエイズの患者では、HIV に感染した 細胞 とそうでない細胞が体内に混在している。HIV は特定の 免疫細胞だけに感染し、生殖細胞には感染しない。したがって、HIV 感染細胞をターゲットとしたゲノム編集の結果は、次の世代には伝わらない。

生殖細胞 (胚を含む)

変異が次世代に伝わる。

生殖細胞とは、要するに精子、卵子およびこれらの元になる細胞のこと。これらのゲノムを編集してしまうと、子供の体の細胞は全て編集済みのゲノムをもっていることになる (可能性がある)。


中国のヒトゲノム編集

> 2015 年の Nature news で言及されている (2)。
  • 中国の科学者が、ヒトゲノムの編集を Protein & Cell という雑誌で発表した (6)。
  • 血液の病気 Beta-thalassaemia に関する beta-globin の遺伝子を編集した。
  • ただし non-viable embryo を使っている。2 つの精子が受精して extra chromosome をもった受精卵。
  • 使用にはもちろん賛否両論あり。ヒト embryo に関する論文はこれまでになかった。
  • 86 embryos にインジェクションをしたが、遺伝子組み換えの成功率は低かった。
  • さらに多くの off-target mutations が発見された。その率はヒトの細胞やマウス胚よりも高かった。
  • これは exome 内だけでの話であり、全ゲノムではさらに多くの off-target mutation があるだろう。
  • この論文は Nature, Science にリジェクトされた。倫理上の問題点が指摘された。
  • Non-viable とは言え human embryo でのデータ。議論の材料として公開したかったと著者らは話す。
  • 彼らは、off-target mutations を減らす努力を続けている。他の手法も視野に入れている。例えば TALEN はCRISPR よりも複雑で効率も低いが、正確性は高い。

ゲノム編集推進派の意見

> 人工授精やクローン動物は受け入れられてきた。CRISPR にも全く問題はない (1)。
  • 人工授精 in vitro fertilization (IFV) やクローン動物も、かつて大きな倫理上の議論を巻き起こした。
  • しかし、これらの技術は現在ではよくコントロールされ、問題なく使われている。
  • バクテリア は日々進化している。ヒトもこれに対する耐性を身につけていかねばならない。
  • Humanity とはヒトだけが進化せずに取り残されることではなく、世界と共に変わっていくことである。
  • 進化の方法として sexual reproduction (つまり通常の出産) があるが、その失敗率も十分に高い。
  • ダウン症、奇形など出産の失敗による悲劇を考えてみよ。
  • ミトコンドリア由来の遺伝病の治療法として MRT (mitochondria replacement therapy) にも言及。

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ゲノム編集否定派の意見

> Lanphier et al. 2015 は、かなり強硬な反対派の意見である (4)。
  • 体細胞 somatic cells を標的としたゲノム治療は、けっこう進んでいる。
  • Modified T-cells infusion による HIV の治療が Sangamon BioSciences で検討されている。
  • 感情的な議論 public outcry はこうした「安全な」ゲノム編集まで妨げてしまう hinder 可能性がある。
  • 細胞には 2 セットのゲノム (両親に由来) があるが、両方が編集されるとは限らない。
  • たとえば、切断後の修復が完了するまえに細胞が分裂を開始すれば、遺伝子はモザイクになる。
  • 両親が遺伝病の遺伝子を持っていても、全ての胚に伝わるわけではない。編集じゃなく選別で OK
  • ヨーロッパでは、15/22 の国が germ line modification を禁止している。
  • アメリカでは禁止はされていないが、NIH はそれを含む proposal を受け入れていない。

> Cyranoski 2015b の論説 (3)。時間的には文献 4 より後になる。
  • いずれは「目の色を変えたいからゲノム編集」とかいう話になるので、研究目的でも禁止すべき (4)。
  • 「まず安全性の確立を」という意見。動物や somatic cells への適用が先だろう。
  • 遺伝病を防ぐには選別で OK という Lanphier ら (4) の意見を支持している。
  • 選別だと効率が低いという再反論も。ほとんどの胚を捨てなければならなくなる。
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References

  1. Harris 2015a. Germline manipulation and our future worlds. Am J Bioethics 15, 30-34.
  2. Cyranoski & Reardon, 2015a (News). Chinese scientists genetically modify human embryos. Nature News.
  3. Cyranoski 2015b (News). Embryo editing divides scientists. Nature 519, 272.
  4. Lanphier et al. 2015a. Don't edit human germ line. Nature 519, 410-411.
  5. Baltimore et al. 2015a. A prudent path forward for genomic engineering and germline modification. Science 348, 36-38.
  6. Liang et al. 2015a. CRISPR/Cas9-mediated gene editing in human tripronuclear zygotes. Protein Cell 6, 363-372.
  7. Ishii 2015. Germ line genome editing in clinics: the approaches, objectives and global society. Brief Funct Genomics, published online.